<決勝観戦記> 執筆:菅野
直
「いい観戦記書いてよ、期待しているから。」
今回初めて決勝戦の観戦記を志願して引き受けたのですが、自分の思ったことを言葉や文章で表現するのが大の苦手。
それでも先輩プロから頂いた一言に答えなくては、と筆を握らせていただくこととなりました。
拙い文章になりますが、四者の持ち味や決勝戦の魅力を存分に伝えられたらと思います。
対局開始の1時間前、会場に到着するとまだ誰も来ていない様子。
スコアボードと牌確認の準備は出来ているので、運営が席を外している模様。
とりあえず一服をと、喫煙所でたばこを吸っていると、見学に来た若者が私のところへと近づいてきた。
15分ぐらい会話をしていたのだろうか、どうやら尾張の雄・古川孝次を師に仰ぐ麻雀打ちであるようだ。
偉大なる先人を尻目に、日々鍛錬する中部本部の諸員その存在へ近づくためにもと、決勝進出の四者それぞれが熱い意気込みで登場するだろう。
まず、最初にやってきたのが杉浦。「緊張し過ぎて腹が痛い」と。
3度目の決勝で優勝経験のある杉浦だが、やはりその重圧を感じているようだ。
私と同い年で職業も雀荘のメンバー、共に静岡リーグにも参加して切磋琢磨し合う者同士とあって、彼の奮闘に期待を寄せている。
ちょっとコンビニへ、と会場を出ると朝岡が歩いてくる。
「お早うございます」挨拶を交わしたその表情はいつもの爽やかなイメージとは異なり、戦場へ向かう侍の如く険しいものであった。
会場に戻ると一転していつもの様子で談話している朝岡、しかし心境を伺うと、
「めちゃくちゃ緊張していますよ。」とのこと。
決勝戦初出場の朝岡にとって未知の領域での闘いである。緊張して当然なのだろう。
そうこうしているうちに葛山が登場、実は会場一番乗りは私ではなく、この葛山であった。
自身が出場する決勝戦だというのに、運営の手を抜くことなく当日の会場準備までされていた。
「緊張?してないよ。意気込み?別にないよ。普段通りやるだけだよ。」
公では、中部プロリーグの運営から、静岡リーグへ参加したいという若手の面倒見までをこなし、私では企画外のキャラから繰り出される”かつらんワールド”で場を盛り上げる。
私も、公私共にお世話になっている一人であるが、この鬼軍曹の返答は予想通りであった。
何かしらやってくれるんじゃないかと思わせるのが、魅力の打ち手である。
そして、開始5分前にようやくやってきたのが石津。
静岡支部所属で中部、東京と3つのリーグに参加する努力家。
私も今年の4月から東京のリーグ戦に参加し始めたのだが、経済的並びに心身共にかかる負担は生半可ではない。
それを3年も続けている石津、その豊富な経験とタフな精神力は我々若手の見本になっている。
「緊張?うーん、してないよ。うん、緊張してない。」
相変わらずひょうひょうとした様子であった。
役者がそろい、定刻を迎えたところで着席の号令、第13期中部プロリーグ決勝戦の幕が切って落とされた。
<1回戦> (起家から、葛山・石津・朝岡・杉浦)
開局早々、石津の先制パンチが飛び出る。
            リーチツモ
ドラ
4巡目リーチ。7巡目にあっさりとツモ。この満貫ツモで迎えた親番。
波に乗るかと思いきや、行く手を阻まれる。
終盤に葛山がチーテンを入れ、石津のテンパイ牌を食い下げる。
流局ノーテンで親落ちする石津。
続く東3局も、テンパイ打牌が朝岡に捕まりしっくりこない様子。
好き勝手に走らせないよと三者の思いが伝わってくる。
朝岡、杉浦の2人テンパイで迎えた、東3局3本場、朝岡に大物手が入る。
            ドラ
丁寧な手順でのツモリ四暗刻テンパイ。慎重にダマテンに受ける。
この時点で が一枚山に残っていたが、朝岡のテンパイ気配を感じて、現物を抜く石津。
それを、葛山がピンフのみで討ち取り、朝岡の手牌は静かにふせられた。
ギャラリーが息を呑んだ瞬間であったが、平穏に局が進んで迎えた東4局、杉浦の親番、ここがこの半荘の山場であった。
西家・石津の配牌。
            ドラ
ここから、杉浦の第一打の をポン、すぐに 、 を引き込み、わずか3巡目でホンイツ、トイトイの1シャンテンにこぎつける。
開局に続いて、石津が本手をアガりきるのかと思い他者の手を覗くと、なんと親の杉浦にドラが2枚続けて食い流れ、こちらは5巡目で、
         アンカン   
この形となり、次巡 をツモり 単騎の仮テンに受ける。
一方の石津も13巡目にようやくテンパイが入るも、待ち頃の牌がこなかった杉浦が、
         アンカン   ツモ
山に1枚しか残っていなかった をツモり、6.000オール。
杉浦が頭一つ抜け出す展開となった。
その後も、局を無理なく捌いて50.000点オーバーのトップ。
耐える局面が続いた葛山であったが、南場で二度のアガリを決め、何とか首を確保し次戦につなげる。
一方、東パツの満ツモ以降、テンパイ打牌が捕まり続けた石津、オーラスで満貫をアガるも3着スタート。
手は入っていただけに、不完全燃焼の半荘であったか。
1回戦結果
杉浦+29.9P 葛山+4.9P 石津▲8.3P 朝岡▲26.5P
<2回戦> (起家から、朝岡・杉浦・葛山・石津)
休憩時間も少なく、足早に始められた2回戦。
ポイントや態勢の並びが出来たことを踏まえて、各自やるべきことを決めて挑んだであろう。
しかし、素点を出来るだけ稼ぎたい三者の思惑とは裏腹に、子方の安いアガりが続き小場で局が回ってしまう。
迎えた東4局。ここでも杉浦が軽快に仕掛けて、
      チー  ポン  ドラ
このテンパイを入れる。
ここに、親の石津が追いつきリーチ。
            リーチ
仕掛けとリーチに挟まれた葛山の手元に が飛んでくる。これが石津の現物。
ドラが手の内に2枚見えている上に、杉浦の仕掛け、切り出しからもピンズに染まっている可能性は低く、打点はないことを読みきった上で
を止める。
これ以上、杉浦に有利な展開にしてはいけない、楽に麻雀を打たせないよと心の声が聞こえてきそうであった。
結局、危険牌を掴んだ杉浦もオリ、石津の一人テンパイ。
続く1本場、先ほどの好プレーの恩恵か、安めながらも1.000・2.000ツモは葛山。
            リーチツモ ドラ
このアガりで、微差ながらもトップ目に立ち南場を迎える。
南1局、1回戦に続き、親番で朝岡に本手が入る。配牌からドラが暗刻で9巡目に、
            ツモ 打
ドラ
18.000のテンパイ。しかしこれが杉浦の、
            ロン
このダマテンに捕まり、またも成就ならず。
南3局、2回戦の勝負どころが訪れる。親の葛山の配牌。
             ドラ
ここから、端寄せの打 とし、決して好配牌とは言えないがあわよくばの手組みに持っていく。
これが怒涛のツモを見せ10巡目には、
           
この国士無双1シャンテンに。
すると、ここに杉浦からリーチが入る。
            リーチ
次巡、葛山は を引き、打 とし 待ち。
杉浦の上がり牌 - は山に4枚。葛山の上がり牌 は、山に3枚生きていた。
そんな、ハイリスクを承知の上、リーチと踏み切った杉浦の手元に置かれたのは であった。
オーラスも、杉浦の連勝を阻止しようと前に出た葛山が、テンパイ維持で切った牌が杉浦に掴まり2連勝を許す。
一方、後手を踏む展開が続き、本手を捌かれてしまっている朝岡が連続ラス。
早くも一人置いて行かれた状況、優勝するためにも次の半荘は是が非でもトップを取らなくてはいけないだろう。
2回戦結果
杉浦+12.4P 石津+4.8P 葛山▲5.5P 朝岡▲11.3P
2回戦終了時トータル
杉浦+42.3P 葛山▲0.6P 石津▲3.5P 朝岡▲38.2P
<3回戦> (起家から、朝岡・杉浦・石津・葛山)
インターバル中に、石津が「次の半荘、勝負がけする」と話してきた。
この座順なら、先手をとって場を支配することで、現状トップの杉浦をけん制できる。
ケン(局に参加しないで見る事)にまわる局の続いた2回戦だっただけに、多少焦る気持ちもわかるが...
東2局、3巡目の石津の手牌が、
            ドラ
こうで、ここから次巡 ポン、打 。この を葛山がポン。
その後、葛山に もポンされる。石津は以下のテンパイが入るも、
ツモ切った で、葛山に放銃。
      加カン ポン  ロン
石津の ポンからテンパイまでは勝負がけで良いとしても、あくまでそれは本手ではない。
賛否両論あるとは思うが、杉浦を受けに回らせてこの局の目的は果たしたわけだから、押し返してきた葛山が本手である以上、ここは一歩引いてもらいたかった。
迎えた東3局も、 ポンから入り後づけの仕掛けを入れる石津。
      ポン  ポン  ドラ
が鳴けてテンパイするも、その
を切り出してきた朝岡が、700・1.300で石津の親が流れる。
ここまで本手がアガれず、後手を踏む局面の続いた朝岡。
ここは、やんちゃにリーチ宣言をしてもらいたかった。
石津の現物待ちとはいえ、石津以上に追い込まれている立場。
せっかく仕掛けに対してぶつけていったのだから、ダマが利くから、現物待ちだから、といった理由ではなくがむしゃらに闘ってもらいたかった。
しかし、ここまでの朝岡の我慢があって、杉浦の独走が最小限に抑えられたのも事実。
まだ焦らずに、好機を冷静にうかがっていたのかもしれない。
南場に入って、親番を迎えた朝岡が細かく加点する。
1.000オール、2.000は2.300、流局一人テンパイ。
これで40.000点を超え、トップ目に立つ。
ここまで決まらなかった大物手をアガって、一気に差を縮めたいところ。
しかし、行く手を阻んだのは葛山。
         ポン  ツモ
四者の中で、一番手役を重視した打牌を続けてきた葛山が、この半荘2度目の満貫。
いずれも最高形には仕上がらなかったが、ようやく持ち味が発揮出来てきた様子。
続く南2局も、ドラドラテンパイの杉浦の親をサクっとかわす。
南3局、石津にとって勝負どころの親番。
            ドラ
ここから3巡目に、 ポン。食らいつくためにも必死の仕掛け。
しかし、これがわずか6巡目に朝岡のリーチを誘発する。
            リーチ
これは朝岡のアガりで決まりかと思っていると、7巡目にツモの発声。
            ツモ
絶好の配牌を手にしていた杉浦が、すでに4巡目でこのダマテン。
これで浮いた杉浦、葛山の追撃を最小限に受け止めて優勝にまた一歩近づく。
完全に置いて行かれたのは石津。
オーラスでも続けざまに放銃し、一人沈みのハコラス。
勝負どころを誤った代償は大きかった。
3回戦結果
葛山+31.7P 杉浦+8.3P 朝岡+3.7P 石津▲43.7P
3回戦終了時トータル
杉浦+50.6P 葛山+31.1P 朝岡▲34.5P 石津▲47.2P
<4回戦> (起家から、杉浦・朝岡・葛山・石津)
差を縮めた葛山とは対象的に、朝岡、石津は残り2半荘で100P近い差を捲らねばならない。
ここは腹を括って挑んでくるだろう。
しかし、そんな思いをあざ笑うかのように、東1局で杉浦が突き放す。
            ツモ ドラ
無駄なしの面前ホンイツ。
後に、これが決定打になったと思ったと杉浦が語ってくれたが、葛山の思惑はそうではなかった。
「このアガりで杉浦に必ず隙は出来る。付け入る隙はある。」と。
一見すると、対局者の単なる強がりにも聞こえるかもしれない。
それぐらい、このアガりは杉浦の優勝をぐっと近づけたことだろう。
私だけでなく会場の全員もそう思ったに違いない。
それでも対局者は最後まで麻雀を打たねばならない。可能性のある限り。と必死に闘い続ける三者。
しかし、杉浦の軽快な仕掛けから無理のない捌き手が決まり続け、一局一局が潰されていく。
中部のエース三戸も「完璧すぎる内容だな。」と絶賛。
もうこのまま難なく逃げ切っておしまいか、そう思っていた矢先、先程の葛山の思惑通りに事が運んだ。
大事件の勃発である。
南1局、杉浦の親番。13巡目に石津がテンパイを入れる。
            ドラ
河を総合的に判断して が山に残っていそうだったので、ツモりにいったとの後の弁。
これをツモれば親の杉浦に一矢報いる事になり、まだ一縷の望みがつながっただろう。
石津の言う通り、実は は山に3枚生きていた。
これはツモってしまうかもしれない。
そう思った矢先の出来事であった。
石津がリーチ後にもってきた を切ると、
発声と同時に観衆がどよめく。
開かれた葛山の手は、
            ロン
得意の国士無双が炸裂!!
この32.000点で一気に杉浦を捲くってトップ目に立つ。
「東1局のアガりで杉浦は守りに入ると思ったから、こっちが攻めればとにかく受けに回ると思った。局が長引けばチャンスなんだよ。狙う局面を待っていたんだ。」と語る葛山。
一方、葛山の国士は明白で、ヤオチュウ牌も一枚余っていたこの状況、さすがに石津のリーチはやりすぎだとの意見もあったが、闘いを挑んで敗れ散った姿には後悔が感じられなかったように映った。これで石津の闘いは閉幕を迎えたが、やるだけのことは出し切ったであろう。
その姿勢には健闘の拍手を与えたい。
結局、杉浦一人がアガり続けた東場から一転して、南場は葛山がアガり続け、わずかにトータルポイントで杉浦をかわし、着順勝負の最終戦を残すのみとなった。
4回戦結果
葛山+40.4P 杉浦+16.9P 朝岡▲4.2P 石津▲53.4P
4回戦終了時トータル
葛山+71.5P 杉浦+67.5P 朝岡▲38.7P 石津▲100.3P
<最終戦> (起家から、杉浦・朝岡・石津・葛山)
もはや葛山と杉浦のどちらかで決まりであろう。
それでも、親番が残っている限りは闘いたいと言って席に着く朝岡。
しかし、やはりといっては何だが、神も二人の一騎打ちを望んでいるのだろう。
親番で渾身のリーチを放つも、東場は葛山、南場は杉浦とのめくり合いに敗れてしまう。
朝岡の敗因は何であったのだろうか。
初戦でつまずき苦しい展開が続いていたが、大きなミスやエラーはなかったように見える。
初めての決勝戦とはいえ、優勝するつもりで挑んだこの敗戦は悔しいだろうが、観戦者以上に本人には敗着点は見えているだろう。
まだまだ伸び盛りの若手であるので、来期のリーグ戦での奮闘、決勝進出に期待したい。
この半荘の最大の見どころは東4局。
杉浦の優勝に向けての執念を見せ付けられる。
なんと7巡目に葛山の切った をチー
            ドラ
すぐに を引き込み後づけであるがテンパイを入れる。
これに対応させられた葛山、初牌の と を掴みトイツ落としで一歩後退。
この2枚を打ちきっていればテンパイになっていたのは結果論はあるが、ラス親だけにある程度点差をつけてオーラスを迎えたい葛山にしてみれば、この親流れは痛恨であったのではないか。
一方の杉浦、若干やり過ぎ感のある鳴きだが、
「前半荘、好感触のホンイツをツモって優勝したと思った自分がいたのだが、葛山に逆転を許し、このまま素直に進めていては勝てないと思った。せっかく葛山さんの下家という絶好の座順なのだから、後づけだろうが仕掛けて(相手の手を絞らせながら)アガれる手は仕掛けていこうと思った」と後に語るように、見た目はよく映らないかもしれないが貪欲に勝利を目指す姿勢に神は微笑んだようだ。
その後、お互いに決め手が無く、一進一退の展開が続いて迎えたオーラス。
杉浦をわずか600点リードする葛山だが、アガれば優勝の杉浦に対して、親の葛山はまずある程度リードをつけてから流局させなければならない。
完全に不利な立場。
そこに追い討ちをかける杉浦。
            
ここから4巡目に葛山の切った をチー。
東4局同様、がむしゃらにしかける。
この一貫性が功を奏し、葛山の不要牌と絵が合ってしまい6巡目に以下のテンパイ。
   チー  ポン  チー  
この時点で、 は朝岡に1枚。
葛山も2シャンテンとはいえ形は整っており、脇に が流れればまだわからなかったが、残り1枚の は杉浦の手元へと舞い降りた。
最終戦結果
杉浦+12.8P 葛山+5.8P 石津▲6.8P 朝岡▲11.8P
トータルスコア
優勝 杉浦+80.3P 2位 葛山+77.3P 3位 朝岡▲50.5P 4位 石津▲107.1P

左から 4位:石津 寿人 2位:葛山 英樹 3位:朝岡 祐
優勝:杉浦 貴紀
「5回戦の、南3局のアガり逃しで、厳しい戦いになると思いました。完敗です。」
詳細は記載していないが、ツモ上がりを拒否しフリテンでリーチを打った南3局を、葛山は敗因に挙げた。
            ツモ ドラ
テンパイした時点で既にリーチを打っている打ち手もいるだろうこの手。
葛山の選択は、 打か打 。
どちらも高めをツモれば、1.300・2.600の手に生まれ変わる。
もちろん、そのためにアガりを逃してしまうリスクを負うことにもなる。
それを踏まえた上で、ドラを河に置きたくなかったと語る葛山は、9巡目に を切って横に曲げたが、渾身のリーチに対し無情にも一発目のツモは 。
そしてそれ以降、この手が実る事はなかった。
ツモなら打 のリーチ
ツモなら迷わず打 のリーチ
牌の流れって訳ではないけど や をツモる以上、この場合は が素直な一打。
が切れなきゃ勝てないって事だね。
また1つ教えられたよ。と葛山。
一方の杉浦は、「メンバーとして誰よりも回数を多くこなしている自信があり、1年前の自分より今の自分の方が強いと明確に言い切れます。
そう言った経験の中から得られた事をこの決勝戦で活かすことができた」と、にこやかに語ってくれた。
スコアの差以上に力強さを見せ付けてくれた杉浦。
終わってしまえば、葛山の国士無双も杉浦の持ち味の泥臭さを引き出すための演出に過ぎなかったと言っても過言ではあるまい。
ともあれ2度目の優勝を飾った、新エース・杉浦の誕生で終えた第13期中部プロリーグ。
次なる目標はまだ誰も成し遂げていない連覇であろう。
(執筆:菅野
直 文中敬称略)
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