歴史は積み重ねるモノであり、また新たな道を指し示すモノでもある。
鳳凰位戦の歴史と十段戦の歴史は、プロ連盟の歴史そのものである。
数多くの挑戦者がその頂に挑み、そして敗れ去った。
何度となく挑み続ける者もいれば、チャンスは一度きりという者も多い。
そして、その座に長きに渡り君臨する本物の王者が、プロ連盟には何人も存在する。
現在プロ連盟に在籍する者の中で本物の王者。
鳳凰であれば、古川孝次であり、荒正義。そして十段であれば前原雄大であろう。
そんなプロ連盟の歴史に、瀬戸熊直樹がまた新たな一歩を刻もうとしている。
鳳凰と合わせプロ連盟のG1タイトル4つ目の栄冠を連覇で成し遂げたのなら、
偉大な先人たちに肩を並べる所まで駆け上がってきたと考えても間違いではないだろう。
そして瀬戸熊にまた新たなチャレンジャーたちが挑もうとしている。
それは、自らの手でチャンスを掴み新たなページを書き加える為に、
そして瀬戸熊に代わり新たな王者として自身が君臨するために、絶対王者に挑むのだ。
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堀内
正人
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堀内正人
宮城県出身
東京本部所属 22期生 四段
第17期チャンピオンズリーグ優勝
第27期十段位
3年連続3度目の決勝進出
「安東さんと浜上さんの牌譜が見当たらないんですよね〜。」
決勝進出が決まった堀内が、直後のインタビューで私に投げかけた言葉。
この言葉が、堀内の強さを物語っていると言っても過言ではない。
不器用で、朴訥(ぼくとつ)なイメージのある堀内だが、その裏で誰よりも麻雀を見つめ、
そして誰よりも麻雀を研究するその姿勢こそが、3年連続決勝進出といった素晴らしい結果を齎したのだ。
「去年決勝で負けたからこそ、今年だけは決勝に残りたいという気持ちがありました。
瀬戸熊さんとは2年連続決勝で戦っていますから(一勝一敗)。」
十段を獲ることは容易ではない。
しかし、それよりも大事な事は、失った後にまたすぐにリベンジの機会を得るということだろう。
昨年の辛く苦しかった敗戦があるからこそ、今年の決勝進出が生きる。
さらに3年連続の決勝進出を果たしたからこそ、3年前の栄冠がまたさらに光り輝くことを堀内自身も感じ取っていたのかもしれない。
3度目の今回は現十段位に挑戦する対抗馬筆頭まで評価を上げた。
それは、自身の努力の賜物であると同時に、堀内を応援する者が増えた結果であろう。
対局前の最終インタビューにて堀内の様子を聞いてみると、
「ロン2の牌譜で九州の2人の麻雀はチェック済みです。」
なるほど。何も心配なさそうだ。
「早くやりたいなぁと。イイ気持ちで決勝を迎えられそうです。」
昨年の雪辱を晴らすべく、堀内が自らの全てを卓上に投げ出す瞬間を、全ての観戦者は目にすることだろう。
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仁平 宣明
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仁平宣明
福岡県出身
東京本部所属 11期生 七段
第20期鳳凰位決定戦準優勝
第24期鳳凰位決定戦3位
初の決勝進出
猛者が集まるA1リーグにおいて、かつて仁平はその持ち味を十二分に発揮していた。
粘り強く戦うそのスタイルや安定感に、対戦相手は戦々恐々としていたはずだ。私もその1人であったから。
そんな仁平にも、苦難の時期が訪れる。
第24期鳳凰位決定戦で朝武鳳凰位の誕生を私と共に見守った後、第25期のA1リーグ、最終半荘の最終局まで縺れた、
後々まで語り継がれるほどの降級争いに敗れ、仁平は表舞台から姿を消した。
下り坂に差し掛かると、雀力がある者でもその勢いはなかなか止められないものだ。
続く第26期A2リーグにおいてもポイントが僅かに及ばず連続降級。一気にBリーグにまで転がり落ちるという屈辱を味わうこととなるのだ。
第27期前期、僅か半期でA2リーグ復帰を果たした仁平の姿は、休みのはずの後期の開幕戦会場で私が目にすることとなる。
仁平の視線は、後期の半年間A1リーグ、A2リーグ、全てを観戦し続けた。
その姿を見て、近い将来の仁平の復活を私は確信したのだった。
「お互いに苦しい時間を過ごしたからね。」
インタビューする私も、鳳凰位獲得後の不調により降級という洗礼を浴びている。
かつて鳳凰位決定戦で争い合った私に対しても、そんな言葉を投げかけてくれる仁平の優しさと心の広さに、仁平の復活を願ってやまないのだ。
「先月の準決勝直後は決勝に残ったことでホッとしたが、ここへきてチャンスを逃したくない想いが強くなりました。
メンツ的には自分にも十分チャンスがあるのではないかなぁ。」
苦しみに耐え抜いた仁平なら、どのような展開になっても最後まで粘り強く戦ってくれるはずだ。
苦しかったあの時間を乗り越えてきたのだから。
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浜上 文吾
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浜上文吾
鹿児島県出身
九州本部所属 18期生 四段
第12期九州リーグ
初の決勝進出
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安東 裕允
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安東裕允
大分県出身
九州本部所属 18期生 三段
第2、5、10期九州リーグ
初の決勝進出
浜上文吾と安東裕允。
九州本部設立時にプロデビュー。共に九州本部副本部長を務める、九州にとって、いや、全ての地方本部支部にとって欠かせない男である2人。
九州本部設立当初から、若手を引っ張る良い兄貴分的存在の2人が同時に初のG1タイトル決勝進出を共に果たすという快挙を成し遂げた。
浜上は言う。
「筒井さんの王位戦決勝進出がフロックだと思われないよう、九州本部の誰かがまたG1決勝に乗らなければいけませんね。」
自身の決勝進出を全力で喜びたいはずなのに、仲間の活躍を願う気持ちが先に立つ。
安東は言う。
「自分が勝っても負けても、自分が得ることの出来なかったモノを下の子たちに伝えたいですね。」
周りの仲間たちの成長を思いやる気持ちが、地方組織の発展に大きく繋がるのだ。
ここ最近、地方本部支部所属選手の活躍が目覚ましい。
興味深いデータがある。現在プロ連盟に所属している選手だけに限って、各タイトル戦の決勝戦進出選手について調べてみた。
鳳凰位決定戦は第23期から6期連続、王位戦は第33期から5期連続、マスターズは第17期から18期を除いた4期、
新人王戦は第21期から6期連続、そして十段戦も第23期からなんと7期連続決勝進出の選手に地方所属選手が含まれているのだ。
何となくそうだろうなぁと感じていたのだが、ここ近年、地方所属選手が出場するほとんど全てのタイトル戦に、
地方所属の選手が決勝進出を果たしているという事は、事実として認識しなければならないことであろう。
トップリーグの選手に限らず、情報の加速化と組織の充実による成果なのかはわからないが、地方所属選手の活躍は明らかなのだ。
誤解の無いように記しておく。
これは、地方と東京とのレベル差が縮まったのでは決してない。
地方所属選手にとって、活躍できるチャンスが広がったのだ。
ここから先には大きな壁が立ちはだかっている。
彼ら2人の戦う背中に、これからの九州本部の発展が掛かっていると言っても過言ではないだろうし、
2人にはそれだけの覚悟を背負ってこの勝負に挑んでいることは間違いない。
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瀬戸熊 直樹
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瀬戸熊直樹
東京都出身
東京本部所属 14期生 七段
第6、9期無双位
第14期發王位
第14期チャンピオンズリーグ優勝
第26、27期鳳凰位
第28期十段位
3年連続4度目の決勝進出
誰もが認めるプロ連盟のエースであり、絶対王者である瀬戸熊。
前回の鳳凰位決定戦では荒に敗れたものの、今回の十段位も前回覇者として各人の挑戦を受ける。
戦前のHP予想でも圧倒的一番人気を背負った瀬戸熊は、
「HPの十段戦予想をみて、さすがにプレッシャーはかかりましたよ(笑)」
と笑いながら語る。
それでも、瀬戸熊の胸中にはプロ連盟の看板を背負って戦う自負もあるはずだ。
「勝ち負けはあまり意識していませんよ。それでも、鳳凰位決定戦とは違って、精神的には楽ですね。
卓に着けば変わるのでしょうが、今は自分らしく打てればと思っています。」
自信とも余裕とも取れるその言葉の裏には、ここまでの瀬戸熊が歩んできた戦いの中で創り上げてきた強靭なまでの精神力があるのだろう。
「4人での戦い方はわかるんですけど、5人での戦いは何回やっても心理面が難しいです。
半荘1回ずつ、スコアと心理状態をチェックしながら戦いたいと思います。」
どのような展開になろうとも、瀬戸熊を中心に対局が推移するのは間違いない。
瀬戸熊を止める男は誰なのか?
4人の攻撃を真正面から受け止め、そしてそれを自らのエネルギーに転化させる瀬戸熊の戦いを今年も期待したいところだ。
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後列:左から 仁平 宣明、安東 裕允、浜上
文吾
前列:左から 瀬戸熊 直樹、堀内 正人
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1回戦(起家から、瀬戸熊・堀内・浜上・仁平) 抜け番:安東
開局から、王者のエネルギーが爆発する。

タイトル戦の決勝は特に、4者共に慎重に進むことが多い。
それは、決勝戦独特の雰囲気に体を慣らすためでもあるし、
また、自分の高ぶった感情をクールダウンさせるためにもしばらく時間がかかるという事なのだろうと思う。
そんな各自の感情を、誰よりも多く決勝を戦っている瀬戸熊は十分に理解している。
東1局瀬戸熊5巡目、澱みない手牌進行から急所である を引き入れ理想的なリーチ。
            リーチ ドラ
このリーチ、もちろん高めの を引きアガっての6,000オールが理想ではあるが、流局して手牌を3者に対して見せる事でも絶大な効果がある。
開局からこれだけの大物手を自然に入れ、しかも5巡目にリーチを宣言出来る王者の強さを相手に分からせるだけでも大きな意味があるのだ。
逆に、一番辛いのがこの手牌を3者に見せる事が出来ない結果に終わること。
そうなっては、このリーチの持つ意味を全く生かせないことになるのだから。
しかし瀬戸熊は、この3者に対しての情報は誰よりも多く持ち合わせている。
リーチを受けて堀内が誰よりも早く対応することも、仁平や浜上が丁寧に対処することも、
それぞれの心理状態も十分に加味してのリーチという判断なのだ。
事実、 を持っていた堀内は早々の撤退をはじめ、 を持つ浜上も丁寧に周りに歩を合わせ始めていた。
しかし、そんな瀬戸熊の思惑に真っ向から勝負を挑んだのが仁平。
そんな仁平でも、やはり手順は外さない。
ドラの が暗刻になり、戦える体制になったところで初めて初牌の を打ち、フリテンの を引き戻したところで を放つ。
そしてテンパイになって瀬戸熊の当たり牌 を打つのだ。
瀬戸熊
            
仁平
            
結果は、仁平→瀬戸熊への12,000の放銃だが、それぞれが持ち味を十分に出した開局に、好対局になりそうな気配が十分に感じられる。
続く東1局1本場、今度は堀内が持ち味を発揮する。
2巡目、 をポンして、
         ポン  ドラ
堀内らしい先手奪取。ホンイツとトイトイの天秤が掛かっている形だが、しかし、この後ツモ で打 とホンイツ1本に。
ここからの対応が堀内らしい。この後も随所で見せる形ではあるが、仁平が切った を堀内は動かない。
         ポン  
闇雲にシャンテン数を上げるのではなく、自分が戦える形になってから土俵に上がる。
役牌の仕掛けを先に打ち、局面先手を取るものの、その後は慌てることなくじっくりと戦況を見つめる事が出来るのが堀内の強みだ。
このスタイルを取ることによって、自身のデイフェンス力が格段に上がり、局面に合わない打牌が少なくなる。
堀内の牌譜を数多く検証すると、このスタイルでの戦い方が本当に多い。
仕掛けから打点が見込める時は思い切りよく踏み込み、瞬発力が必要な局面は前捌きにかける。
さらに、受け駒を持ちながら進める為、放銃は殆どない。遮二無二仕掛ける訳でなく、常に先を見て戦う堀内らしい仕掛けと言えるだろう。
しかし、これが全て上手く作用するわけではない。
今回この仕掛けの恩恵を受けたのは、開局に放銃スタートとなってしまった仁平だ。
この仕掛けにより、2巡目に、
           
この牌姿が、 、 、 、 、 と尖張牌だらけのツモにより、7巡目には
           
負債を返済するには少し足りないが、十分な形に成長してリーチを宣言する。
この煽りをくった形になったのは好配牌だった浜上。
配牌から のトイツ落としを始める程の好牌に恵まれていたのだが、
            ドラ
この配牌に仁平のツモを当てはめると、
            ドラ
このような牌姿になっていた公算が高い。
結果は、仁平が瀬戸熊から を出アガリ、先程の負債を僅かながらではあるがの返済することが出来たのだが、
今シリーズも堀内の動きを中心に推移することは間違いなさそうだ。
そんな堀内が迎えた東2局の親番、今度は門前での“らしさ”を発揮する。
難解な手順ながらも手役派の選手が打てば、
            ドラ
しかし堀内は、
           
この形での即リーチを選択する。
リーチを宣言しないと次巡ツモ 打 ですぐにピンフのテンパイに手変わりするのだが(恐らく大多数の打ち手がそうなるのではないか?)、
堀内はそのような結果には捉われない心の強さを持っている。だからこそリーチを宣言するのだろう。
ピンフに手変わりした打ち手は9巡目にツモ 、一通のリーチを打つ打ち手は14巡目に をツモるのだが、そのような結果を堀内は意に介さないだろう。
ドラの がトイツの浜上にリーチで押し返されるものの、何事もなかったように をツモり瀬戸熊に肉薄する。
最後に登場は浜上。
東2局1本場、今度も当たり前のように4巡目に堀内が動くと、
         チー  ドラ
下家・浜上に流れるのは 、 、 、 。
この仕掛けで浜上の手は、
           
ここまで成長する。
「『俺が浜上だ!』という打牌を打ちます!」
と戦前語っていた浜上。役牌暗刻の隠れドラ 。
慎重に初アガリをモノにしたい者であればここはヤミを選択しても不思議ではない。
堀内の捨て牌には が切られているだけに、そのような選択をする選手も多いはずだ。
しかし浜上はリーチを宣言する。
「このようなスタイルで予選を勝ち上がってきましたから。ついに瀬戸熊直樹と対戦できるんだ!とワクワクしています。」
と語る浜上には、このリーチは現十段に対しての挨拶のようなものだろう。
16巡目、浜上の右手にはしっかりと が握られていた。
この浜上の心の叫びに瀬戸熊はどう応えるのか。
時は進んで南2局1本場、瀬戸熊は七対子、仁平は国士、そして浜上はホンイツへ向かう対照的な局面で、
南家・浜上は自らの意思を打牌に刻み込んでいた。そして9巡、恐らくこの牌しか声を出さないと決めていたはずの にチー。
          チー  打 ドラ
すると瀬戸熊は静かに手を倒す。
            ロン
浜上の策も、スタイルも、全て瀬戸熊の頭の中にインプットされているに違いない。
浜上がどのような気持ちで挑むのかも、きっと理解しているはずだろう。
打った浜上も、そしてアガった瀬戸熊も、お互いの感情を瞬時に理解したような瞬間だった。
「そうはさせないよ。」
「ですよね。セトさん。」
そんな会話が卓上で交わされているかのような一瞬であった。
それでも瀬戸熊は攻撃の手を緩めない。
南3局1本場、苦しい展開が続く仁平の反撃となるリーチと、
            ドラ
その仁平に真っ向からぶつかる親浜上のリーチを受け、
           
瀬戸熊は強い決意を持って追いかける。
           
決着はすぐについた。浜上が一発で掴んだのは 。
やはり瀬戸熊直樹という壁は高いのか?
戦っている者や、観ている者にそう感じさせる瀬戸熊の強さが際立った半荘ではあるが、
随所に各人が持ち味を発揮する内容に、今後の好勝負を予感させる何かを感じたのも事実だ。
強さを感じたのは確かではあるが、まだまだ本調子ではない瀬戸熊。
いつもと変わらぬ調子で進めながらも、眼光の奥には強い決意が感じられる堀内。
常に後手を強いられ、苦しい展開ながら粘り強く戦った感のある仁平。
そして、一時はトップに立つものの、試合巧者達の巧みな技の前にラスを押し付けられた浜上。
それぞれのいろいろな思惑が交錯する中、瀬戸熊の1人浮きで初戦を終えた。
抜け番のあるこの十段戦決勝で、どのような展開の変化が起こるのかが非常に注目される。
1回戦結果
瀬戸熊直樹+33.3P 堀内正人▲1.5P 仁平宣明▲13.1P 浜上文吾▲18.7P 抜け番:安東裕允
2回戦(起家から、仁平・浜上・安東・瀬戸熊)抜け番:堀内
今シリーズの注目は、瀬戸熊と堀内が抜けた半荘にあると言えるのではないか。
十段位経験者2人の強さには独特のモノがある。
対戦相手にとっても、2人揃って対峙することと、1人に絞って戦うことには大きな差があるといってもいいだろう。
そして2回戦、満を持して安東の登場である。
戦前、瀬戸熊にインタビューを試みた時に、瀬戸熊の口から出た対戦相手の名前で真っ先に挙がったのが安東だった。
「安東プロがキーになるだろう。本番で余所行きの麻雀を打ってほしくないですね。いつも通り打ってほしいと思いますよ。」
瀬戸熊にこのような言葉を掛けられたら、泣いて喜ぶ連盟員も多いだろう。
絶対王者にそう言わせる安東の麻雀に注目したいところである。
ところで、堀内の抜けた半荘で一番利が向くのは初戦ラススタートの浜上。
門前手役重視型の浜上にとって、堀内に先手を取られ前で麻雀を打たれるよりも、腰を重く終盤で勝負した方が持ち味を発揮できるからだ。
そんな意味でも浜上にとって、この2回戦の堀内の抜け番は大きかった。
自分のペースを守って対局に臨めることと、対戦者の1人に手の内を知り尽くした安東がいる事は非常に心強いだろう。
そんな浜上の開局、ターツ選択に失敗し捨て牌に1メンツ並べてしまうものの、打点力のある浜上にはお構いなし。
安目ツモながら2,000・4,000と一歩リード。
            リーチ ツモ ドラ
このアガリを見て、安東はどう感じただろうか?
プロ入りしてからずっと苦楽を共にしてきた浜上が、十段位決勝という大きな舞台でノビノビと戦っている姿を、
抜け番の1回戦の間画面越しに見続けていたはずだ。
そんな浜上が、自身の緒戦で大きく飛び出した。「よし、俺もやってやろう!」と思わないはずがない。
安東は戦前、
「5月の予選から、「次へ、次へ」の想いが強いので、まだ戦いが続いている感じです。
日々精神状態を維持しています。まだ「次の」戦いを意識しているといった感じです。
仮に獲ったとしても、獲ったから終わりではなく、通過点だと思っています。」
と、精神部分での充実を強調していた。
それは麻雀だけでなく、普段のビジネスシーンで培った強さも持ち合わせていると併せて語っていたのだ。
麻雀を打つことだけが麻雀が強くなる要因でないことは、トッププロであるなら皆理解している。
大きな対局に臨む前の心の作り方がどれくらい大切であるかも、十分に認識しているだろう。
安東は、
「場にのまれたり、人にのまれたりすることはないと思います。緊張はしていないが、どれだけ緊張するか楽しみです。」
これは、対局に対する安東の自信と捉えていいのか、逆に不安要素と捉えていいのか、私は疑問に感じていた。
ちなみに、最初のコメントは決勝進出直後のモノ、次のコメントは決勝直前のモノであるのだが、
インタビューするに当たりその微妙な心境の変化を感じていただけに、安東の緒戦に特に注目していたのだ。
対局を終了した後に結果を踏まえて結論付けるのはよろしくないのは重々承知だが、
安東が敗退してしまった要因の1つは、1回戦に抜け番を選んでしまったことにあると思っている。
2日目にあれだけのパフォーマンスを見せられるだけの力がありながら、初日に大きく崩れてしまった理由は、この2回戦の入り方にあった。
画面越しからも窺える焦り、結果を求める欲が安東の何かを狂わせてしまった気がするのだ。
東3局1本場、親・安東4巡目、
            ツモ ドラ
難解な手ではあるが瞬間は七対子の1シャンテン。
冷静に考えれば、好形変化を見越して2シャンテン戻しの打 が妥当な一打かと思う。
形が強いだけに、どのようなツモに対しても対応できる方が柔軟であるからだ。
また、そこからさらに七対子に組み直しても十分に間に合う形でもあろう。
少考後、安東の選択は打 。
瞬間のスピードに秀でた一打であり、メンツ手移行もあるだけにもちろん十分選択肢に挙がる一打だろう。
しかし、この一打に焦りを感じた視聴者も少なくないのではないか。
切りからの手順を踏めば、この牌姿が、
           
            
            
            
このようなテンパイは十分に可能であった。
結果は、瀬戸熊の16巡目リーチを受けての撤退。
結果は自信を生み、結果は焦りを生む。
続く東4局2本場のリーチも、
            ドラ
浜上と瀬戸熊に押し込まれ、ここは浜上に軍配が上がると、
         加カン   ロン
南1局、安東6巡の牌姿は、
            ツモ ドラ
少考後、この をツモ切り。
確かにこの瞬間には が場に2枚切れだったとはいえ、ここで打 か打 と1シャンテンを取っておけば、次巡ツモ で役牌イーペーコーのテンパイ。
手変わりを待ちヤミを選択すると9巡目仁平の がロン牌。
また、打 、もしくは打 と、リャンメン2つの1シャンテンに受ければ、次巡ツモ でテンパイし、7巡目の瀬戸熊の がロン。
もしリーチを選択しても、11巡目にツモ で1,000・2,000のアガリとなっていた。
さらに、 をツモ切った後、次巡ツモ で冷静に打 としておけば、10巡目ツモ 打 で、11巡目の仁平の が捕らえられたのだ。
しかし安東は、 をツモ切った後、続く もどういうわけかツモ切り。1シャンテンを拒否。
その結果、上記のアガリ逃しを生むこととなってしまう。
どうしてそのような選択になってしまったかは理解に苦しむところ。
しかし、常時と同じような精神状態で卓に向かうことが出来なかった事は間違いないだろう。
この局の最終結果は、浜上が10巡目にリーチ。仁平から3,900を打ち取る形となった。
            リーチ ロン
東3局の選択ミスは、プロ的には問題ありだが仕方がないと見る視聴者もいるだろう。
しかし、この南1局、選択肢が無数にある中、唯一の選択が大きなミスとなるのだから。
仮に打 としたとしても、次巡ツモ は打 としなければ麻雀にならない。
もし仮に、これが安東の精神面のブレから来ている結果であるのなら、それはこの十段戦決勝という舞台のステージの高さがそうさせたのだろう。
自分では万全の精神状態で迎えたはずが、実はこの舞台に呑まれてしまっていたとしたら、十段戦が始まったばかりだとはいえ、
残り10戦を考えて戦う以上、早急に手を打たなければならない。
逆に、このミスがナチュラルなモノであるとしたら、この2回戦こそが安東敗退の最大の要因であるに違いない。
初戦ラススタートと苦しい位置でスタートした浜上が、1人浮きの大トップを取り瀬戸熊に肉薄した要因は、恐らく安東の不調にあったのだろうから。
この半荘を上手く乗り切ることが出来たのなら、浜上と安東の数字が逆転していた可能性も否定できない。
そうなると、瀬戸熊が対局前に感じていた「瀬戸熊VS安東」の図式も十分に考えられただろう。
2日目にあれだけ復調した安東の姿を見ることになるだけに、安東にとっては痛恨の瞬間になったことは間違いない。
逆に安東の盟友である浜上は、安東の不調と自身の充実を上手くかみ合わせ、1回戦の負債を完済したどころか一気に瀬戸熊に迫ってきた。
この爆発力を生かすことが出来れば、瀬戸熊を追いかける一番手に名乗りを挙げることも十分に可能だろう。
勝負はまだ2回戦だが、各自の立ち位置が明確に見え始めたところだけに、ここからの駆け引きに注目したい。
2回戦結果
浜上文吾+36.8P 瀬戸熊直樹▲5.4P 安東裕允▲10.6P 仁平宣明▲20.8P
2回戦終了時
瀬戸熊直樹+27.9P 浜上文吾+18.1P 堀内正人▲1.5P 安東裕允▲10.6 仁平宣明▲33.9P
3回戦(起家から、浜上・堀内・安東・仁平)抜け番:瀬戸熊
首位を走る瀬戸熊が抜け番。
瀬戸熊への挑戦権を懸けての戦いだけに、ここは4人共に是が非でも加点したいところ。
ここまで1人、圧倒的に劣勢なのは仁平。
牌勢にも恵まれず、1人蚊帳の外での戦いを強いられてきた。
仁平が苦しんでいる様子は画面を通じても明らかに伝わってくる。
順調に歩を進める瀬戸熊や浜上と比べると気の毒になるくらいの状態なのだ。
そんな仁平が戦前、興味深いコメントを寄せてくれた。
「瀬戸熊さんとは正直ここまで分が悪いです。でも堀内クンとの対戦はやりやすいかも知れません。
やりたいこともやっていることも良くわかるし、準決勝でも十分に戦えましたからね。」
堀内の得意とするところは局面先手を取って場を支配していくところ。
対する仁平は、終盤まで粘って確実に正解を導き出すところが持ち味だ。
この相反する雀風の2人が卓に揃う時、一気に局面判断が難しくなる。
しかも今半荘はターゲットである瀬戸熊がいない。
この3回戦での仁平の戦い方が、全体の勝負の行方を大きく左右することになるとはこの時点ではまだ誰もわからなかった。
東1局、仁平は8巡目にテンパイを果たすが、
            ドラ
ここは慎重にヤミに構える。場に が1枚切れという事も、ドラ との振り替わりがある事も、仁平がヤミを選択する理由としては容易に想像出来る。
しかし次巡、親・浜上がリーチを宣言すると、
            リーチ
仁平は待望のドラ を引き、 と振り替えてリーチを放ち浜上を追いかける。
結果は流局に終わったが、これが仁平の意図する戦い方の1つであろう。
局面を慎重に見極め、成功率を高める事が仁平の持ち味。
手数で勝負する堀内とは対照的だが、最後まで諦めずにギリギリの勝負を仕掛けてくる仁平の打ち筋は、
対堀内という観点で見た時には、非常に有効な戦術であると言えるのではないか?
このようなスタイルの仁平が先手を取った時、そして結果を出した時、残りの3者は苦しくなる。
次のリーチをご覧いただきたい。
東3局、仁平4巡目リーチ。
            リーチ ツモ ドラ
急所である 、 を連続で引き、安目ではあるがツモ で迷うことなくリーチを宣言した仁平は、当然のように を引きアガる。
この展開は、ここまでの2戦での仁平には見られなかった光景。
このまま仁平が突き抜けるとさえ感じさせた雰囲気を一変させるのはやはり堀内。
南1局、仁平、浜上共にピンズのホンイツに向かう中、7巡目に仁平の手が止まる。

            ツモ ドラ
親の浜上が序盤から数牌の切り出しの後字牌を並べ、 のターツ落とし。仁平の目からは一色手に移行したように見える。
堀内は数牌の切り出しが続き不穏な空気。
安東は中張牌の切り出しが多く、最終手出しはドラ表示牌の 。
この場況を踏まえた仁平は長考に入る。
字牌の切り出しが極端に少ない今局、互いに字牌を持ち合っている事を想定したのか、またはこの場況では、今後字牌がこぼれる事は考えにくいと踏んだのか?
更には安東と浜上の切り出しから、ピンズの上目変化が考えにくいと踏んだのか?
ここでの仁平の選択は のツモ切り。
安易に打 とせずに、終盤から終盤にかけて局面が煮詰まることまでを考慮した仁平らしい一打である。
この仁平の長考に、敏感に反応したのが堀内。
1シャンテン時では、仁平の現物のトイツ落としを選択し上手くテンパイを果たすと、三色の手変わりもある中、一刻の猶予も無いと感じたのか即リーチ。
仁平も ポンでテンパイを果たし、安東もピンフのテンパイで追いつくも、この勝負を制したのは堀内。
            リーチ ツモ
ラス牌の を力強く引きアガリ、仁平を微差ながら捕らえる事に成功。
仁平の思い通りにはさせないと必死に食い下がる。
南2局、仁平が妙手を見せる。
仁平6巡目、
            ツモ ドラ
この1シャンテンを取らず、仁平は打 と大きく構える。
タンヤオをまず確定させた上で、いろいろな手役の可能性を探る一打だ。
続くツモが 。ここで仁平が唸る。場をゆっくりと見渡すと、ソーズ変化を断ち切る打 と勝負に出た。
すると8巡目ツモ 打 、9巡目ツモ で、今日一番のリーチの発声。
            リーチ
初日終了後、開口一番仁平が口にしたのは、
「あの - どこにいったの??」
本人も相当な手ごたえを感じてのリーチは山に何と4枚残り。
「あのリーチがアガれないのはかなり苦しいよね〜。」
3日間通して一番苦しい戦いを強いられたのは間違いなく仁平。
針の穴に糸を通すような見事なテンパイを果たしたのにも関わらず、それが結果に繋がらないのは本人にとっても辛いはず。
この仁平のリーチをかいくぐったのは浜上。
仁平のリーチに負けないくらいの気合の入った発声でリーチを被せる。
            リーチ
ここに飛び込んだのはなんと仁平。
仁平の待ちも4枚残りと優秀だが、浜上のカン も残り3枚。
この を掴み、5,200の放銃。一気にラスまで転落してしまうのだ。
仁平の脱落を尻目に、他家は着々と加点の準備を整える。
浜上は4巡目の1シャンテン。
            ドラ
対する堀内は5巡目の1シャンテン。
           
こちらは三色含みのドラ2枚。絶好の形だ。
浜上は4巡目に堀内から打たれる を悠然とスルー。真っ向から戦う構えを見せる。
しかし、この2人の手がなかなか進まない。
そんな中、苦しい牌姿だった安東が追いつく。安東9巡目、
           
2人をよそ目に、テンパイ一番乗りは親の安東。
テンパイ打牌は3枚切れの だけに瞬間の タンキ。
この手は捌き手であり受けの七対子だけに、何とか待ちを変更したいところだ。
というのも、この は堀内に対しての当たり牌候補。
なるべく早くに受けを変えたいと願う安東に、次巡、場況的に絶好の が訪れる。
「待ちを変えてくれ!」
画面を見ている安東ファンは皆そう思っただろう。しかし安東は タンキを続行。
すると、次巡のツモは 。残念ながらアガリ逃しの格好になる。
すると12巡目、ようやく浜上がテンパイを果たし先制リーチを放つ。
            リーチ
安東の視点から見ると、浜上のリーチに下目の - は切りにくい。
親権維持の為にも、ここはどうしても連荘したい安東ではあるが、一度アガリ逃しが自身の目には見えているだけに、それほど強く押せる場面でもないはずだ。
一発目のツモは 。 - と - の危険度の比較では、若干 - の危険度が上回るだけに腹を括って ツモ切り。
すると、皮肉なことに安東のツモは 。2度目のアガリ逃し。
2回戦のミスと比べるとここは責められないが、それでもこの瞬間、安東の局とはならないことを観戦者のほとんどが感じた事だろう。
直後の13巡目、満を持しての堀内の追っかけリーチ。
先手を取られた堀内が押し返してくるケースが少ないことを考えると、このリーチはかなりの勝負リーチと考えて良さそうだ。
安東絶体絶命か!?
そんな中、安東にとって幸運だったのは、堀内のリーチの入り目が だったこと。
堀内の最終形は、
            ドラ
が入り目だっただけに、自身の待ち で放銃することはなくなった。
しかし、まだ2軒リーチに挟まれていることは間違いない。万事休すか?
それでも、麻雀の神様は安東に3度目のチャンスを与えた。
気合いを入れて山に手を伸ばした堀内が掴んだのは、何と 。
堀内には痛い失点であるが、安東にとっては選択ミスが重なったがアガれていたということでホッと胸をなで下ろすところだろう。
さらに、トップ目の堀内からの直撃はリーチ棒2本付き。ここで微差ながら首位に躍り出る事に成功したのだ。
2回戦の浜上同様、自身の緒戦の負債を返済したい安東。
ここは更なる加点のチャンスと考えるのは当然。
続く南3局1本場、親を維持した安東は手牌を目いっぱいに広げ、連荘を目指す。
が…なかなか手が進まない。
テンパイ連荘が出来れば御の字か、と考え始めた矢先の14巡目、力強いリーチの発声は仁平。
三色出来合いの - 待ちリーチ。
今日一番の手が勝負所で入っただけに、仁平の気合いも十分に伝わるところ。
しかしこのリーチ、待ちが無い。それぞれの手牌に - は分散し、山にはドラの が残り1枚だけ。
「今日の仁平さんは本当に苦しいな…。」
見ていた仁平ファンもそう感じた事だろう。
自分の出来る限りの事をし続けているように見える仁平の姿を見たニコ生の観戦者達も、それでも粘り強く戦い続ける仁平の姿に共感し始めていた。
すると次の瞬間、仁平の左手がカメラを覆う。
何が起こったのかわからない観戦者達も、仁平の手が開いた瞬間にその事実を把握する。
            リーチ ツモ ドラ
今日一番の盛り上がりは起死回生の3,000・6,000!
ニコ生のコメント欄を覆い尽くすほどの弾幕の嵐に、観戦者も狂喜乱舞する。
この瞬間、一瞬にして仁平の虜になった観戦者も多いことだろう。
苦しみの中ようやく片目を開いた仁平の姿は、多くの人々の心に感動を与えた。
初日最終戦が抜け番の仁平にとって、本当に大きな逆転トップ。
一足早く会場を後にした仁平にとっては、明日に繋がる大きな一歩となったことだろう。
3回戦結果
仁平宣明+23.6P 浜上文吾▲2.9P 堀内正人▲7.1P 安東裕允▲13.6P
3回戦終了時
瀬戸熊直樹+27.9P 浜上文吾+15.2P 堀内正人▲8.6P 仁平宣明▲10.3P 安東裕允▲24.2P
4回戦(起家から堀内・浜上・安東・瀬戸熊)抜け番仁平
マイナスしていた仁平が3回戦でトップを取った為、一気にポイント差が詰まってきた。
ここで仮に瀬戸熊が沈み、安東が大きくプラスするようだと、十段位の行方は一気に混沌としてくる。
初日最終戦である4回戦の重要性をそれぞれがどう認識しているのか?それがこの4回戦の注目点だろう。
まず先手を取ったのはやはり堀内。
堀内らしい仕掛けで東1局、続く東2局2本場を制する。
東1局は8巡目、
            ドラ
この形から をポン。
東2局2本場は4巡目、
            ドラ
この形からオタ風の をポン。
どちらの形も仕掛けたことがない私としては、相当刺激的に映るポンではあるが、堀内の中ではどちらも当然、いや必然のポンなのかもしれない。
上の仕掛けは、
         ポン  ツモ ドラ
続く仕掛けは、
         ポン  ロン ドラ
500オールと、1,000は1,600と、一応の結果は残す。
この仕掛けをアガリ切り、主導権を握るのが堀内の強みなのであろうが、この程度のリードでは現十段位にとって何の意味も為さないのであろう。
東3局、瀬戸熊5巡目リーチ。
浜上もテンパイを果たし追いかけるものの、ここは瀬戸熊が力強く高めの を引き寄せる。
            リーチ ツモ ドラ
ドラ暗刻の3,000・6,000。
堀内のリードも一瞬にして無くなる瀬戸熊の破壊力。こうなった瀬戸熊は本当に強い。
続く東4局の瀬戸熊の親番、こうなるとこの親番をどう落とすかが残された3人のテーマ。
私欲を捨て、足並みを揃える事が必要になるのだが…。
ここで動いたのは安東。5巡目 ポン。
         ポン  ドラ
打点もあり、誰もが動きたくなる をポンしたのはいいが、ここから3フーロ。
   チー  チー  ポン 
こうなってしまっては、周りの協力を得るのは少し厳しいか。
プロ連盟Aルールにおいては、この仕掛けはほとんど最低3,900以上であるという事を自ら公言しているようなモノ。
ドラ色の仕掛けであり、さすがにこの形に協力してくれる者はいないだろう。
この仕掛けによって利が向いたのは堀内。
10巡目、自然な形でのテンパイが入り、意を決してリーチ。安東との勝負を挑んだ。
結果は堀内の勝ち。
            リーチ ツモ
このアガリで堀内は瀬戸熊に肉薄。更なる加点を目指し、南1局、自身の親番で連荘を目論む。
堀内2巡目、
         ポン  ドラ
この仕掛けにより、第一ツモでドラを暗刻にした浜上が をも暗刻にし、臨戦態勢に。
さらに、堀内から急所の をチーし、テンパイを果たした浜上、2人に食い下がる。
         チー  ツモ
このアガリで浜上も30,000点に復活。瀬戸熊を追いかける態勢が整った。
さぁここから瀬戸熊を追いかけるぞ…と考える堀内と浜上。しかし続く南2局が、この十段戦の結果を大きく左右する重要な局となった。
動画再生
浜上は初日対局終了後、
「 を鳴いたのが…悔やまれます。それまで1日イイ麻雀を打てていたのに、ちょっと焦っちゃったのかも。」
と語り、堀内に至っては、
「瀬戸熊さんの勝因は4回戦南2局の 切り!」
と、この局を瀬戸熊の勝因に挙げる程の大きな分かれ目となった局となったのだ。
それではこの南2局を振り返っていこう。
この局の序盤、持ち味を発揮したのは浜上。
4巡目に1シャンテンとなるも、ここからメンツ落としの打 。
            ツモ 打 ドラ
前局のアガリに手ごたえを感じたか、打点重視の浜上らしい一打で一気にホンイツへ渡る。
しかし、この局は瀬戸熊も堀内も勝負局。
瀬戸熊6巡目、
           
堀内6巡目、
           
堀内はタンピン三色の1シャンテン、瀬戸熊は役牌の1シャンテンもドラが手中に1枚。
浜上も堀内も素晴らしい手。それに対し瀬戸熊は1シャンテンだがドラがあるだけに放すタイミングが問われるところだ。
浜上の岐路は8巡目。1シャンテンまで成長した浜上の手に生牌の が飛び込んでくる。
            ツモ 打
ここは丁寧に4枚目の を河に置く。
この選択は大正解。ここで をツモ切ると、浜上の次のツモは だけに、瀬戸熊が をポンすると300・500のツモアガリ決着となってしまう。
この4枚目の に過敏に反応したのは瀬戸熊。
浜上の手が進んでいるとみるや、同巡ツモ で打 とドラを勝負!
            ツモ 打
さらに、このドラ に反応したのは浜上。
前述の チーはこの直後。堀内がツモ切った を何と浜上はチー。テンパイを取ってしまう。
            チー 打
ここまでメンゼンで進めたのなら、このチーはしてほしくなかった。
この手を5,800にしてしまったのでは、メンツ落としの価値が下がってしまう。
そうなったのも全て、瀬戸熊の 切り。見えない圧力を浜上に掛けた一打だったのだろう。
浜上が切った を瀬戸熊はポンし、テンパイへ。
         ポン  打
同巡、堀内ツモ でリーチを宣言。
            ツモ 打
堀内のツモが ということは、堀内が切った を浜上がチーしなければ、浜上の手は、
            
この形まで成長し、十分形で打 。
ここから瀬戸熊が をポンすることになり、結果は恐らく縺れていたはずだ。
さらに堀内にテンパイは入ることがなく、瀬戸熊と浜上の一騎討ちとなっていた。
浜上は悔やむ。
「ここまで重い麻雀を打てていたのに、この瞬間だけは焦ってしまって…。この を鳴くのは自分のスタイルじゃないのに。」
そうさせたのも、瀬戸熊の打 の迫力なのか。
常時とはまるで違う十段戦決勝という舞台で、瀬戸熊直樹という怪物を相手にした者だけが感じる何かなのだろう。
対する堀内は手ごたえを感じていたはずだ。
2人の仕掛けにより、三色確定ではないがテンパイを入れさせてもらった形。
ホンイツ模様の浜上と同色のテンパイではあるが、十分に勝負に値するところだろう。
このリーチと仕掛けを受け、瀬戸熊が一発で掴んだ牌は 。
「瀬戸熊さんは数字には表れない強さがありました。僕のリーチと浜上さんのホンイツの仕掛けを受けて、 を勝負。
あの一打が瀬戸熊さんの勝因であり強さだと僕は思います。僕には絶対に切れないですから。」
十段戦が終了した1週間後、堀内に瀬戸熊の勝因を聞いた時の一言。
瀬戸熊の強さは、肌で感じた者しかわからないのかもしれない。
しかし、鬼気迫る形相で割れんばかりに牌を叩き切るその気迫は、観ている者にも十分に伝わったのではないか。
堀内は言う。
「もし、瀬戸熊さんが で回った結果が見られるものなら、ぜひ見てみたいですよね。そうしたら、恐らく十段戦決勝の結果そのものが違うはずですから。」
堀内を評する言葉に、『デジタル』といった表現がある。十段戦のCMでもそう記されていた。
『デジタル』の解釈は人によってそれぞれであるだろうし、また定義付けも曖昧であると理解した上で私は思う。
堀内は『デジタル』な打ち手ではない。
もし堀内が『デジタル』の代表的な打ち手であるとしたら、それは堀内にも、『デジタル』という言葉そのものにも失礼に当たると私は考えている。
恐らく堀内は、周りが考えているよりも数段先の思考で対局と向き合っているはずだ。
まだまだ未熟なモノが多い故、また不器用な部分が多い故、誤解されて表現されている部分が多いのだろう。
堀内の牌譜を繰り返し見る度、堀内に何度もインタビューする度、ずっと考えさせられてきた。
本当は、シンプルな形の先に、実はずっと深い思考が及んでいるのではないか?
シンプルな選択を続ける事は、目的を達成させるための方法論の1つでしかないのではないか?
そうでなければ、十段戦3年連続決勝進出なんて成し得るはずがない。
この打 に、瀬戸熊の強さを感じるはずがない。
         ポン  ツモ ドラ
そして、この後に起こる瀬戸熊の時間を、受け入れられるはずがない。
この打 が、瀬戸熊の勝因だなんて考えるはずもない。
南3局、
            リーチ ツモ ドラ
南4局、
         ポン  ロン ドラ
南4局1本場、
         ポン  ロン ドラ
南4局2本場、
      ポン  チー  ロン ドラ
嵐のような瀬戸熊の時間はようやく過ぎ去った。
瀬戸熊をあと少しのところまで追いつめた堀内と浜上。
それが現実は、一瞬にして置き去りにされた。
この事実を、2人はどう受け止めるのだろう。
十段戦はまだ始まったばかり。僅かながらの休息の間、ダメージを受けた心の修復を急ぐはずだ。
4回戦結果
瀬戸熊直樹+33.9P 堀内正人+4.6P 安東裕允▲16.0P 浜上文吾▲22.5P
4回戦終了時
瀬戸熊直樹+61.8P 堀内正人▲4.0P 浜上文吾▲7.3P 仁平宣明▲10.3P 安東裕允▲40.2P
〜初日を終えて〜
瀬戸熊直樹
「最終戦は“イイ時間”が来たんだけど…ツモれなかったから。あと一歩という所で引けないですね。明日は親番で手が入るように戦いたいです。」
堀内正人
「初戦からいつも通り打てたと思います!
ポイント差は気にしていません。離されないようにつけて、後半に追い越せたらと思います!」
浜上文吾
「(4回戦で) を鳴いたのが…悔やまれます。それまで1日イイ麻雀を打てていたのに、ちょっと焦っちゃったのかも。
1回戦で瀬戸熊さんに を勝負した時に、一瞬目が合った事に恐怖を感じました。終始瀬戸熊さんに押し込まれていましたね。
道中がちょっといまいちだったかも知れません。」
仁平宣明
「(抜け番だった4回戦について)自分としては最終戦の結果はちょっと…
手が入っていた為、リーグ戦では打たないような放銃が多かった。でも明日は追える立場になりそうです。
瀬戸熊さんとの相性があまり良くないので、その関係性をどこかで払拭しなければならないと思っています。
経験値の差はあるのかも知れませんけどね。最後まで絶対諦めません!」
安東裕允
「手牌が後手後手でしたね。それでも致命的な放銃をしなかったから良かったです。
リーチで勝てなかったので、意識して手役を組むようにしたのですが…結果は仕方ないですね。
瀬戸熊さんの調子が良さそうだったので、上家で連荘させないように打ちました。」
初日を終え、現十段位の1人浮きに。
このままポイント差が離れるようだと、一気にワンサイドゲームになりかねない。
瀬戸熊包囲網を早急に敷かないと、手遅れになる感が否めない。
十段を目指す各人の手段はどういったものなのか。2日目の戦いに期待したい。
(観戦記:望月
雅継 文中敬称略)
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