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雀力アップ

試行錯誤

 

今年も十段位決定戦の季節が近づいてきた。
私は相も変わらず初戦で敗退し、これで初年度からの連続初戦敗退は5回を数えることになった。
つまり、この5年間でただの一度も階段を昇っていないということである。

十段戦は、ひとつの卓の上位2名が、次のステージへと勝ち抜くことのできるトーナメントシステムだ。
これが毎年、3着、4着にしかなれないというのだから、自分に欠陥があると言わざるを得ない。
加えて、今期プロリーグの降級争いもある。
問題が山積している感は否めない。



<ぶつかり稽古>

数年前からこの時期になると、1ヶ月、2ヶ月の単位で長い稽古が始まる。
名目は、一応、前原雄大十段位の調整ということにはなっているが、声掛けするのはむしろこちらの方からで、
皆が皆、揃って自らの実力向上のために凌ぎを削る。

各人にとって今向かうべき目標は異なれど、それぞれの本番に向けてしっかりと成果を残すためには、日々の稽古がやはり重要になってくる。
自分にとっての本番はプロリーグである。
タイトルホルダーに胸を借りると言うよりは、プロリーグで勝ち上がるためにいかに戦うべきか、
ただそれだけを学ぶために稽古を積んでいるような気がする。

毎日、毎日様々な発見がある。
こんなに打ち込んでいても、まだまだ見えないことばかりである。
正直、前進しているのかはわからない。ただ、後退していないことだけはわかる。
もしかしたら、自分の麻雀人生の中で今が最も真剣に麻雀と向き合っているときなのかもしれない。




<機械的作業を経て>

 ツモ ドラ

私は20代の前半をほぼ東風戦だけに費やした。
この麻雀を戦う上で、自分なりの方程式があり、どうすれば勝てるのかということは大した問題にはならなかった。

例えば、上記に挙げた手牌である。
どんなルールであったとしても、手筋としては切りであろう。
と引いた、メンタンピンなど手牌は大きく広がっていく。
それが、この当時はほぼ一貫して打と構えていた。

とにかく早くリーチを打ちたいために、ペンのターツは決して払わない。
払えないのではなく、払わないのである。
なぜなら、ここが最終的な受けとなってもアガれてしまうからである。

どうせ打つならまだだろうと感じる方も多いと思うが、捨て牌にこのが1枚置かれてあるだけで、
まぁよく出るわというくらいアガリを拾えるのである。
親で一発の裏ドラが1枚、労せずしてこの収穫ならあえて高みを目指す必要もないと考えるのもごく自然なことだったのかもしれない。

かつての同僚に宛てたノートにこう記したことがある。

「俺らは小島武夫じゃない。魅せる麻雀を打つ必要なんかどこにもないのだ。」

それくらい“勝つ”ということだけに目的を絞っていたし、そのための公式をいくつも体に覚えこませた。

しかし、当たり前のことだが競技麻雀ではこの切りは通用しない。
東風戦と競技麻雀では、100m走とマラソンくらいの違いがあると言っても過言ではないだろう。
そのためか、少しずつ少しずつ自分の麻雀も変貌を遂げてきている。



<ものは試し>

連盟に入ってしばらくしたころ、こんな手牌に出食わした。

 ツモ ドラ

場所はどこだったか忘れたが、一発、裏ドラ、赤ありの麻雀だった。
メンバー時代なら、どんな手牌でも前巡までには答えを出していた。
ここでは、当然どちらかを選択してのリーチということである。

しかし、いつもそれ一辺倒ではあまりに味気ないので、いったんを外してみた。
東風戦から離れ、多少気持ちに余裕もでてきたせいか、一局捨てる気で実験してみるかとなったわけである。

ここにを引いた。打
続けてである。打
そして。瞬く間にあの手牌がこう変化した。

結末はあえて書くまい。重要なのはそこではない。

私がこの手牌を通じて何を感じたか。
それは、勝利という結果を性急に求める必要はどこにもないのだということである。

長くメンバーをやっていると、最短で目先の点棒を取りに行く傾向にあるような気がする。
ゆえに、自身の麻雀の成長という部分では、ある程度までいけばストップしてしまうし、
何よりも、その先のことを考えることがあまり重要ではなかったと思うのである。

触れる角度によって麻雀というものの在り方は人それぞれなのだから、それも当然と言えるのかもしれない。
だが、これはもちろん個人的な意見ではあるが、勝つための近道ばかりを探していると、結局は大切なものを何も得ることなく、
ただ流されるように毎日が過ぎて行くのではないだろうか。

最近よくそんなことを考える。
人よりムダに考える時間がありすぎるのもなかなか困りものである。



<正解とは>
 
先に挙げた手牌をもう一度観ていただきたい。

 ドラ

メンバー時代は、を選択して必ずリーチを打っていた。
どちらに受けたとしても、とにかくアガリを出すことに必死だった。
だが、この手に正解なんてないのだ。
を切ってヤミテンに構え、の振り替わりを待つ人もあれば、リャンカンの選択をしきれず、やはりを外すという人もいるだろう。
いや、そもそも正解という概念がおかしいのかもしれない。
アガリ=正解という捉え方は、自分の麻雀を窮屈なものにしてしまうからである。

つまり、最も肝心なことは、どこを目指して打つかということであり、決して平面的な“何切る”ではないということなのである。
そこに気付くことができるかどうか、これが更なるレベルアップにつながると思うのである。

冒頭、稽古のことについて触れた。

 ドラ

ここにが暗刻になった。

自分の性格上、に手を掛けるのだが、は鳴く構えである。
そして、自分に手番が回ってくるまでの間、じっと考える。

「こうまでして3,900を取りに行く必要があるんだろうか?」

どうしてもメンゼン(高打点)に拘ると言うならば、当然マンズを払いに掛かる手ではある。
だが、鳴きが前提の上でここを払うのは動機としてどうなのだろう。
そうであるなら、を打ってメンゼンで仕上げる方向に持っていってもいいのではないか。

まだまだ私も試行錯誤の最中である。
 
 
 
 
      
 
 



執筆:佐々木 寿人  文中・敬称略

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