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樹をみながら森林を観る

 


数年前、麻雀の研究会を催していたことがある。2年ほどは続いただろうか。某大手麻雀荘チェーン店が応援してくださり、器材にビデオカメラ5台で対局を撮影し編集し無料で打ち手に差し上げたりもしていた。
我ながらいい案のように思えた。案は良かったのだがいかんせん、手間、暇がかかりすぎた。例えば1時間の対局を5台のビデオで撮影したとしたら、見るだけで5時間かかり、それを1本のビデオに編集するには膨大な時間を要した。それを毎週やるわけだから、他のことが何もできない。
それでも2年ほど続いたのは、来てくれた若い人たちの麻雀に対する姿勢と情熱にほかならない。
今の連盟員ではA2リーグの滝沢くん、紺野くん、まだアマだったヒサト達だった。



局面のベストと半荘のベストな打牌は違う



その会の中でやっていたことは、麻雀をいかに立体的にみるかということだった。
一局ごとに終局する度に打ち手全員が手牌を開ける。
卓は一つしか立てず、あとは全員ギャラリーである。
これはひとつには局面に対するちからをつけるためでもあったが、当時まだ映像媒体に麻雀が取り扱われる機会は少なかったが、この世界も必ずや密室の競技ではなく衆人の前で対局が行われることを予見したためである。
そして南入してから、ギャラリーを含め、次局だれがアガるか各自予想したものを紙片に記すのである。
半年ほど続けた頃、参加者の予想精度はかなり上がっていた。紺野君あたりは80パーセントを越えていたように思う。
そのころには誰がアガるかということにとどまらず対局者の誰が誰に放つか、放たなければ誰のツモアガリで終局するかなど、
精度だけではなく麻雀に対する視野もひろがっていた。
ただし、紺野君にしてもギャラリーの立場に立った時の精度は高かったが、自分が打ち手の側になったときは下がった。

このことはどういうことかというと、ひとつには打ち手の側にまわると当然のことながらあがりたいとか放ちたくなくない、とか欲が絡むから第三者の目で自分の置かれた状況や形勢判断の目が狂うのである。

それほどに自分自身を客観的にみることは難しいということなんだろう。
そして80パーセントの壁を越えられなかった理由は打ち手の側の能力に問題があったと思う。

たとえば、

 ドラ

南3局4巡目3着目南家の手牌である。

今、上家から打ち出されたばかりのが重なって、この手牌となった。
ラスとは5,000点差、上二人とは20,000点ほどの差である。
三巡後、トップ目の親からリーチ、次巡2着目からもリーチが入る。

宣言牌はである。

ここからを動いてしまうのである。

結果は別物である。
巷のフリー雀荘で見かける光景である。
もしこの手牌が実るものならば、上家からのが1巡遅れて打ち出されるだろうとわたしは考える。
そして考えるべきは、なぜ今20,000点ほど上と引き離された3着にいるかということである。
少なくとも形勢は悪い。その中で好調者二人のリーチが入っている現実をどう捉えるかが大切だと考える。
フラットな状態の東1局ならばまた話は違う。放銃することを前提に、その局以降、いかに戦うか決めアタマから突っ込んでいく。
前提と記したのは、結果が出てから、次局の往きかた方を考えると判断を間違えやすいからである。




手で打つ




ここまでお読みになった方はわかると思うが、ギャラリーでみている時の次局のアガる者の的中精度は高い。

それでも例えば、

 ドラ

こんな手牌を配牌で得たならば、どんな悪い形勢状態であっても突っ込んでいく。
いわゆる、手で打っているだけなのである。

麻雀を覚えたばかりの初心者ならば致し方ないが、体勢というものを知識として知りながらも知恵として活かせない打ち手は以外と多い。
悪い形勢状態の中アガリに向かうという行為は、放銃に向かうという行為に他ならないのである。
逆に好調でありながらも不調者のリーチに立ち向かわないのも弱者なのである。
リーチがかかったが為に手を折りあがり損なうケースは誰にも経験のあることだろう。
仮に打ち込むような結果となったとしても大勢に影響は及ぼさないものである。
恐れるべきことは点数だったり点棒を失うことではなく、勢いを損なわないことを考えるべきなのである。
目に見える部分、それは例えば、場況などを読む力はここ数年の若い方の著しく伸びていることは間違いのない事実である。
そのことは技術力の向上と記してもいいかと思う。
樹を見る力、樹を分析するちからは今後もさらなる進化を遂げるだろうことは予測にかたくない。

ただ、そのちからがすべてではないということを知ってほしい。
欲すべきものは+雀力であり、勝負力にほかならないはずである。
ならば、森を観るちから、見えない部分、つまりは半荘をまとめるちから、一日をまとめあげるちからを中心に意識して、麻雀を打っていくしかないようにおもえる。
誤解のないように付け加えるが、技術力を軽視しているわけではなく、逆に技術力がなくては独りよがりの思い込みだけの危険をともなう打ち手となる。
技術力はなくてはならない最低条件であり、森を観るちからは充分条件たりえると思う。
貴方が欲しいのは技術なのか勝負力なのか、今一度考えて欲しいと切に願うばかりである。










文責:前原 雄大  
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