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いかに戦う

 

 麻雀が強くなるにはどうしたらいいのでしょうか?
 よく尋ねられる言葉ではある。
 素直さと自分を信じる頑固さ、明確な大きな目標をもっているかどうかという事柄があげられる。
 あまり、麻雀には関係ないことのように思われがちだが、実際、大切なものというものはそういう部分なのである。
 ここ数年プロ連盟の正規合格者のオリエンテーションを担当させていただいているが、その時に必ず伝えることのひとつに、素直であれと説く。
 今年は森山茂和副会長と共に麻雀を如何に立体的に考えることを伝えようとしているのだが、その時にネックになるのが素直であるかどうかなのである。
 プロを志すくらいだから自信をもっている。
 そのこと自体はいいことなのだが、未知の部分にぶつかった時にそのことをうけいれられるか、拒否してしまうかはそのひとの能力である。

 
 東一局東家三巡目の手牌ドラ白  連盟Aルール

 手順からすればマンズ部分を外していくのだろう。
 しかし、手筋からすれば打1もありなのである。
 Aルールは一発も裏ドラもない。
 ならば、イーシャンテンをリャンシャンテンに戻す価値は十分あり得るのである。 
 出アガリ2000点のイーシャンテンと5800点のリャンシャンテンの問題でもある。
 どちらにも長所と短所はあり絶対的正解はない。
 ところが、手順が総て、そう考えている打ち手は受け入れることができない。
 拒否してしまうのである。
 自分の価値観だけにとらわれ他の価値観を否定してしまう。
 こういった類の打ち手は伸びない。

素直さとは

 数年前、あるタイトル戦の準決勝戦で南家のリーチが入り、ベタオリしていたダントツの東家は、南家のハイテイをずらすために残り一巡で、チーをいれた。
 結果、南家に同巡、メンホンをひきあがられた。
 それから、南家が親になってから大連荘がはじまり逆転された。
 このことをたまたまの結果ととらえるかどうかもその人の価値観である。
 私は動かない。
 仮に動かずにツモられた場合はそれは南家の力と考える。
 しかし、動いてツモられたら、それは、南家がツモったのではなく、東家がツモらせたと考える。
 ダントツで点数を持っているということは勢いがあるというのが自然な考え方である。
 その勢いのある側がオリているにもかかわらずなぜうごくのか。
 自分の今までの戦い方に何故自信が持てないのか。
 ここで頭を下げ必死にオリるということが、戦い方、麻雀のツキに対して素直であり、誠実であると私は考える。

見切る

 逆バージョンをひとつ。
 一昨日、昨日とプロリーグで荒正義さんとぶつかった。


 東一局六巡目ドラ九万  
 親 前原  西家 荒

 荒 

 前原 

 荒さんがリーチで私はヤミテン。
 結果は私のツモあがり。
 これ自体はツキである。私がツイており、荒さんがツイていなかったというだけである。
 勿論、この時点では、荒さんの側からは、私のアガリ形は見えており、私と荒さんのツキの相関関係は把握しているというわけで、次局以降何をすべきかも解かっている。
 そして、解かっている事をこともなげに実行に移す。
 今日の場合であれば、前原とは五分には戦わないということである。
 さらに言うならば、誰かが転ぶまで、誰とも先手を取れるまでは戦わない、ということである。
 そして、その方法論を徹底させるところに荒さんの強さがある。
 A1リーグの打ち手のほとんどは解かっているが荒さんほど徹底させる打ち手はいない。
 どこかで自分や浪漫や麻雀に甘える。
 どういう方法論であれ、徹底させてこそ結果の花は咲くのであるが、やはり、実行に移し続けるのはむずかしい。
 勿論、麻雀の原点が違うということもある。
 負けないことの積み重ねが勝つ道と考えている部分が荒さんの麻雀には濃い。
 話が少し逸れたが、出てきたひとつの結果に対して、荒さんの麻雀は、どこまでも素直である。

ツキを運に昇華させることを技術と呼び、不ヅキを不運にさせないことを腕と考える

「あの時2-5-8待ちダカラ。今日は前ちゃんには仕方ないかナと。しかし、今日で終わりじゃあないゾと。」
 全対局終了後の荒さんの言葉で私は全容を知った。
 荒さんはその日、一度しか好調の私に打ち上げることはなかった。
 その日荒さんはマイナス20ポイントほどで終わったが私が荒さんのデキならばマイナス50ポイントだったかもしれない。
 大切なことは1局単位で観ずに半荘単位、一日単位、そして一年単位で観ていく。
 このことはプロリーグに限ったことではなく、麻雀すべてにいえることである。
 一回一回のツモの強弱を感じとり、ツモった牌の意味合いを考え、1局の結果を素直に受けとめ次局、次半荘、明日に備え戦うというだけのことだけである。
 つきつめれば、麻雀は、いかに戦うか、ということである。
 
 いかにとは、創造性であり構想力であり、戦うとは、意志であり気迫であり、そして、素直さである。

文責:前原 雄大  

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