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雀力アップ

それにしても

(執筆:前原 雄大)


毎週木曜日に勉強会がある。
休むのはお盆と正月、ゴールデンウィークぐらいで、他は休まず、もう4年ほど続いている。
近年、勉強会の形は少しずつ変化してきている。変容しているといった方が適切かも知れない。

変容、もしくは進化させて行かなければ淀むからである。何が淀むか、それは場面の空気であり緊張感である。
研究会というのは、参加者の自己満足的な彩りが濃い会のように思うが、
それに比べて勉強会とは、自ら努めて強くなりたい、学びたい、そういう各自の意思の集合体であるべきだと私は考える。

今回のゴールデンウィークも休会にしようと考えていたところ、山田浩之から電話があり、山井弘もやりたいと言っていると連絡が来た。
主だったプロに連絡を入れると、麻雀プロが勉強しないのは堕落以外の何物でもない、などという過激な声も聞こえてきたので開催の運びとなった。
こういう声を聞くと嬉しく思う。

この勉強会に参加するには、キチンとした手順で打てることが最低条件となる。
簡単に記せば、点で麻雀が打てるということであり、基本の部分ができるということだ。
会で教え学び合うのは線であり、面であり、各自の中で点の麻雀をいかに立体的に構築していくかと言うことである。
構築すべきはそれぞれの個性なのである。

我々麻雀プロは競技者であり、闘技者である。そして、テレビを含む映像媒体に於ける表現者でなければならない。
詰まる所は、闘うべき相手はファンであり、視聴者なのである。

“言うは易く行なうは難し”と言うが、私自身ここでこういうことを記す資格があるかどうか疑問であるが・・・・・。
ただ間違いなく言えることは、懸命に稽古を積まないプロが、本番の舞台だけを上手く演じようというのは無理な話である。
このことは麻雀プロに限ったことではなく、どの世界でも同じであると考える。

資質というのもあるかも知れない。
先日、大震災のニュースで、「映画を観ているようです!」と、ある女子アナが叫んでいた。
________あなたにとっては映画のワンシーンのように映るかも知れないが、被災者にとってそれですむはずはないだろうが・・・。
私は被災者ではないが、やはり親族を失っている。私が感情的になっているのかも知れないが、やはりその女子アナの資質だと思う。

話が逸れた。

私の若い友人に、クラシック界で日本史上最年少のコンサートマスターがいた。
コンサートマスターとは第一ヴァイオリニストのことである。
映画「のだめカンターヴィレ」のヴァイオリンのパートは全て彼が演じている。

その彼は、幼少の頃から高校生まで寝付く場所はトイレの方が多いと言っていた。
稽古に疲れ果て、トイレに入るとそのまま寝てしまうのだと言う。
それだけの稽古を積んだからこそ、最年少のコンマスになれたのだろう。

昨年、国からの要請で、3ヶ月ほどドイツにキャリアを積みに行った。当初の予定では2年間だった。
先月一時帰国した折、電話をもらった。

「少し飲みませんか」

折り悪く私の都合がつかず、その時は会えなかった。
後日、その彼の友人から連絡があり、彼がヴァイオリンを一生涯触れないとのことを聞かされた。

「なぜ?」

私の問いに彼の友人はこう答えた。

「多分、世界の広さを知ったからでしょう・・・・・。」

これからは指揮者として、タクト1本で生きて行くらしい。彼はまた、2年間ドイツに向かった。
どうなるかは私にも解らない。ただ、彼の人生は彼のもので、本人が決めた以上、他人がとやかく言うものではないだろう。
言えることは、日本に安定を求めず、世界に向かって行ったという現実だけである。


半年ほど前の勉強会で、こんな光景があった。

東1局、南家の山井弘が、親のポンテンの3,900点に自然な形から放銃。
同1本場は、西家の仲田加南がをチーして、1,000・2,000のツモアガリ。

 チー ツモ ドラ

山井が打とした時の手牌は以下の形である。

そして迎えた東2局、山井の親番。

 ドラ

6巡目にツモでこの形になった仲田からリーチが入る。
そして2巡後、山井がツモでテンパイを果たし追い掛けリーチを打つ。

 ツモ 打 リーチ

(注)勉強会では、終局時全員がタンパイ「手牌公開」とテンパイ者は入り目を指示する。

ここで私が皆に尋ねた。「今局は誰がアガると考える?」

山井以外は、皆観戦者を含め仲田だと言う。

「いや、今局は、私は山井だと考える。」

結果はすぐに出た。山井のツモアガリである。
根拠は幾つかある。

まずは、今局における両者の入り目である。仲田は入り目が弱い。
が入り目ならば強い入り目である。-ならばまだしも最弱のである。
一方山井は、一番強いである。この差は大きい。

もう一つは、東1局、北家はが浮いており4巡目にの方を選んだが、親がポンテンに取らねば山井の同巡ツモ切り牌は親のテンパイ牌で、
それが放銃となってしまった山井は自然な形であったこと。

そして1本場、仲田のチーテンのツモアガリは、本来、山井の放銃で終局していたこと。
仲田がのチーテンをとった時、下家に流れたのはだった。つまりは、仲田がチーテンを取らねば、仲田の牌姿は、

 ドラ

こうなっていたわけである。
仲田がヤミテンでもリーチでも、おそらく山井は放銃していただろう。

付け加えるならば、人運というものがある。波と呼んでもいいかもしれない。
当時の山井は波が上昇傾向にあり、仲田はやや下降線に向かっているように私は感じていた。
タンパイしているわけだから、東1局の親のアガリもそれほど脅威に感じることはないし、のチーテンも焦りに私の眼には映った。

点数と勢いを相殺したように、私は仲田のアガリを考えていた。
ならば、東2局のリーチ合戦は山井の方に分があると考える。

この思考方法が点ではなく線で、面で、そして、立体的に麻雀を捉えるということである。

「しかし、山井はおそらくトップはとれないと思う。トップは東1局の北家だと思う。」
と私は言った。

根拠は、北家のの指運である。
現実は打としたが、打としていたら親リーチが入り、北家はで放銃になっていたからである。
7,700の放銃を避けられたのだから、態勢は少なくとも悪かろうはずもない。


それにしても勉強会は本当に厳しい。
山井にしても、以前にも記したが約2年間、森山さんや私に叱られ続けた。
叱るということは胆力がいることであり、愛情がなければできないことである。
その部分を山井はちゃんと受け止めていた。そして学んだことを何度も自分の中で反芻し、消化していったのだろう。
それは結局、本人の姿勢であり、能力なのだろう。私が山井の立場ならば、放り投げていたかもしれない。

基本の部分が出来ていない者には、3ヶ月なり半年なり休んで、最低限の手順を自分で学んできてもらう。
なぜならば、我々は麻雀プロなのである。手順なぞ出来て当たり前なのである。
問題はその先、見えない部分に取り組む姿勢なのである。

小島先生を体感し、森山さんや荒さんに教えを乞える場なのである。
「なぜ皆、積極的に強くなろうと思わないのか解りません」
山井弘の素直な言葉である。


それにしてもヴァイオリンを捨て、タクト1本でやり直そうとする友人には頭が下がる。
日本で成功を収めようとしたら、そう難しくはなかったようにも思える。
何を持って成功なのか、また、報われるということも本人の価値観にすぎないし、元来そういう部分に興味がない男だったように思う。

そうしたいから、そうしただけなのだろう。
「一度しかない人生だから・・・」
彼の口癖が最近頭を過ぎることが多い今日この頃ではある。






執筆:前原 雄大

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