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最善手

(執筆:前原 雄大)


最善手という言葉がある。
呼んで字のごとし、その局面で最も「善い手」である。次に善い手を「次善手」「好手」という。
いかがなものだろうと思われる手を疑問手と呼び、これはないだろうと思う手を悪手という。

少し角度は変わるが、厳しく攻められるチャンスを逃した手を緩手といい、緩手は状況によって疑問手や悪手となる。
では、その最善手なるものの基準はどこにあるのだろうか?


「勉強会」

私たちはここ4年ほど前から毎週木曜日に勉強会を催している。
この4年弱の間、山井弘が2回、佐々木寿人が3回休んでいる。
その休みも連盟の催すイベントだったり、別の仕事が重なり休んだもので実質無欠に近い。
参加するしないは本人の自由である。

山井などは連盟の仕事が多く、私の方から休むことを勧めた時もあった。
「小島先生から学び、森山茂和プロから教えてもらえる機会なんてないじゃないですか!
逆に、何故若いプロが継続し続けられないかぼくには不思議です。」

こういう言葉が言えるところに、今の山井の強さがあるのだろう。
初期の1、2年で一番注意を受けたのは山井だったと思う。

そんな勉強会での先日の1コマ。


日本プロ麻雀連盟Aルール 
南1局、親番 持ち点26,000点10巡目の手牌である。

 ドラ

打ち手は今年から参加している中山奈々美プロ。
我々の勉強会では、終局時全員がタンパイ{手牌を公開すること}し、テンパイ者、アガリ者は入り目を指示することを義務としている。
彼女は、10巡目に上家から打ち出されたに動かず、14巡目のを仕掛け、結果は流局。

まず言葉を入れたのが同卓者のヒサト。
「10巡目のは、仕掛けた方が今の貴女には良いと思う」

「ぼくはどれもうごかないけどなあ」
観戦していた猿川真寿がポツリと言う。

普段おとなしい山田浩之も参戦。
「どれも動きたくないところではあるけれど、14巡目のはさすがに動いてしまうかも」

私は別卓で観戦していたので、その会話は聞こえていたが局面はみていない。
ただ見ていたのは、山田浩之が小さな紙片にその時の手牌図を書き込み、彼女に手渡していたことだ。
その小さな紙片を、彼女がどう受け止めたかは私にはわからない。
ただ山田浩之の、彼女に良くなって欲しいとの願いの込められた紙片であることは間違いないだろう。

帰りに食事を数人でしていた時この話題が上った。
「昔のぼくならばもどちらからも動いたと思いますが、今のぼくはどれも動きません」
そう言ったのが山井弘。
「前原さんならどうしましたか?」

「実際に座ってみなければ解らないな」
私はそうこたえた。

お茶を濁した訳ではなく、実際座ってみないと解らないのである。
なぜならば、南1局までの展開やプロセスで打牌を決めるからである。
26,000点の持ち点に至るまでの中身、内容なのである。

一度も放銃がなく、手が入らずにツモられて削られた現在の持ち点と、前局満貫を放銃したのか満貫を出アガッたのか、ツモ上がったのか、
同じ現在の持ち点でも戦い方はまるで違うのである。

皆が言っていることはわかる。そして、皆が皆、現時点での最善の手を求めている。
麻雀プロはそうあるべきなのである。

「座ってわかること」

譜は、今年度の鳳凰戦、初戦東2局のものである。

 チー ツモ ドラ

皆さんだったら何を打つだろうか?
私はこの手牌から、ドラである打と構えている。

東2局とはいえ、すでに2局をこなしそれぞれの態勢は出来上がりつつある。
「東場を終えた時点で、その日の形勢判断ができなくちゃ麻雀は打てない」
荒正義さんの言葉であるが、正にその通りだと私も思う。
その部分が本題ではないので、これに関してはまたの機会に譲る。

簡単に記すならば、私なりにかなりの確信があっての板川和俊プロへの応手である。
私だってドラで放銃するのは痛い。
さらに、仮に私にアガリがあった場合、打の方が打点も見込める可能性もある。
私は私なりのフォームやスタイルもあり、それにも打の方が似合っている。

それでもその頃私の中での興味は「最善手」だったのである。
どちらが最善手か解らない時に「これが私のフォームだから」という言葉に逃げずに、さらに深く読み込みたい時期だったのだろう。
その部分をご理解の上、読んでいただければさいわいです。

結果は流局である。板川プロは、

こうでは放銃なのだが、結果はともかく、この打を最善手とみるか、悪手とみるか、はたまた疑問手と捉えるか、それは人それぞれだろう。
私はこのテンパイを機に、大きめのトップを獲っている。

しかし、言えるのは1局単位、半荘単位ではなく、もっと大きな処から観た場合にはどうなんだろう。
改めて、今振り返って考えると、やはり疑問手だったと思う。もしくは悪手だろう。

つまりは、局単位から観た最善手ともっと大きな単位、鳳凰戦18回戦、もっと大切な単位から観た最善手というのは全く異なると言うことである。
なぜそんな疑問手、悪手を打ったのか、それは鳳凰戦のステージの高さと悪手と最善手というものは相似形であるということである。
だから私は普段から、できるだけ最善手を選ばず好手、次善手を選ぶようにしている。

今局で言えば、を打たずに板川プロの現物を打っていくと言うことである。
明らかに先手を取っている時に、後手を踏んでいる側に追いつかれた場合の身の処し方は難しいが、余程の状況下以外はオリに廻った方が賢明である。

 

図の手牌は、今期の十段戦南3局5本場のものである。
今局までの過程を簡単に記す。

南2局の私の親番で、

 ロン ドラ

これを出アガる。続く1本場、

 リーチ ドラ

これをで出アガリ、迎えた2本場、持ち点は57,200。
私は今局を乗り切れれば、どう少なく見積もっても80,000点は超えると考えていた。
そして、8巡目に図のテンパイとなる。

 ポン ドラ

この時点で、堀内正人プロの手牌は、

 チー

こうで捨て牌が、


こうなっていた。次巡、私はツモ
この時点で役牌は、以外全て出ており、堀内プロの役は三色か私の雀頭であるの後ヅケしか残されていない。
いずれにしても打と構えるのが自然と考えた。

数巡後、堀内プロから手出し
仕掛け返す手もなくはないがそれはしなかった。

目の前の損得だけを考えれば微妙ではある。
損とか得とかいうことではなく、私の麻雀の軸を壊したくなかっただけである。
私自身の今までに何十年も培って来た、麻雀の骨格を失いたくなかったのかもしれない。
この事は麻雀に限らず何事においても同じように思える。

利益を追う事は大切なことではあるが、目の前の利を獲りにばかり行くと、目的そのものを見失うように考えるのは私だけではあるまい。
結果として、私は堀内プロにで放銃する。

 チー ロン

大切なのは放銃そのものではなく、その次局以降の闘い方なのである。
その後、堀内プロは素晴らしいまでの膂力(りょりょく)で、リーチツモピンフを1回ツモアガリ、以外全てノーテン罰付だけで5本場まで積み上げた。

そして迎えたのが今局である。
1巡目から堀内プロがを仕掛けた。
私は第一打から打とする。ホンイツを狙っているわけではない。ひたすら、オリに向かっただけである。

2巡目には瀬戸熊直樹プロもダブ南を仕掛ける。
私はさらに必至になって、何も仕掛けさせずオリに向かう。
この打は1局面に置いても、もっと大きな見地から観ても最善手と呼んでいいように思える。

結果を記すと、瀬戸熊プロへ堀内プロの放銃で収束をみる。
極端な物言いをすれば、今局の結果はどうでも良いとさえ思う。
大切なのは出てきた何らかの結果から、確固たる信念を持ち、次に向かう。

何をすべきか、何処へ向かうのかという姿勢が最善手を導き出すのではないかと、今はそう思う。






執筆:前原 雄大

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