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備えあれば患いなし

(執筆:望月 雅継)


私が生まれ育った静岡県では、もうずいぶん前から、いつか必ず起こるであろう東海地震を想定した準備、対策を行っている。
物心ついた時には家に防災グッズが並び、今でも非常食や水の備蓄はもちろん、万事に備えての準備は万全である。
また、小中学校での防災訓練といえば、それはそれは大掛かりなものだったような記憶がある。

私の祖父も県全体での防災訓練に躍起になっていたし、子供のころから当たり前のように高い防災意識の中で過ごしていたが、
それはひょっとしたら静岡独自のものかもしれない。
防災訓練の模様を中継するような特番がテレビで流れているのも静岡県人にとっては見慣れた光景であるが、
他の地域の方が見たらどう感じ、どう映るのであろうか?

『備えあれば患いなし』 これは、万一に備えてあらかじめ準備をしておけば、事が起こっても少しも心配事がない、といった意味であるが、
麻雀においても同じ事が言えるであろう。きちんと準備をし、対応策を練っておけば、どんな状況になろうと全く問題が無い。

古い話になるが、私が鳳凰位を獲った時もそうだった。
今思い返してみても、同じような精神状態で対局を迎える自信は、今の私には無い。
その為の準備がきちんと出来た事が勝因の1つではあるが、ある一局を振り返ってみたいと思う。

ツモで打。あり得ない一打だ。
しかもその時の私は、ワンテンポおいた後、うっすらと笑みを浮かべながらを切った事を思い出す。

条件は、トータル首位の古川との差が15,1P。
現在は、前原・36,700、古川・32,300、私・31,500。
この局を含め、最短2局で逆転しなくてはいけない。

条件を考えれば自然なのかも知れない。
しかし、テンパイ位は取ってもおかしくないところだと、今考えても思う。
その時の私は、「ノーテンでもいいんじゃないか?」って思ったと、リレーエッセィに書いている。
流局して、古川さんの点棒を削ってもらった上で次局以降に勝負だと。

狂気の沙汰である。後2局しかないのに、そんな余裕があるのか?相手は前原と古川だ。
その後アガり返す力など、自分にはあるのか?
だが反面、良くわかる思考であるとも私自身思う。が、問題は、今の自分は果たしてが切れるのか?恐らく切る事は出来ないだろう。
普通にを切ってテンパイを果たしているところだと思うがどうか?

ここまではまだわかる。
この後、想定通り前原のリーチが飛んでくる。

絶体絶命である。
しかも、自らの捨て牌には切ってある。(どこまで行ってもテンパイ拒否とは…バカとしか言いようがないが、今回は我慢してください。)
ここで私は打。信じられない。そして無事流局。
この後、2,000・4,000、1,300・2,600とツモって逆転優勝となるわけだが、結果、あの手は成就することなく終わっている事を付け加えておきたい。

これだけではただの昔話である。そして自慢話でしかない。
ここに辿り着くまでの思考回路が今回のテーマだ。
これを踏まえた私の思考回路の一部を、今回は紹介したいと思う。




・跳満ベース

第24期鳳凰位決定戦の観戦記の中で、ある静岡支部員の一言として取り上げられた、

「跳満に基準を置いているそうです。」の記述。

それはいつしか言葉だけが独り歩きして、“望月の手は高い”との錯覚を起こすようになってきてしまった。
リーチと打てば、それはきっと高いであろうとのイメージが付き纏う。
それはそれで、私自身得をする場面も多かった事は事実であり、心の中では、

「まぁみんなが勝手にそう思っていればいいや」くらいな軽い気持ちで当初は戦っていた。

しかし、ギャラリーも、後輩たちも、期待するのは型の入った手作り。
毎局毎局ホームランを狙っているような打法では、アベレージもついてくるはずもない。
本当の意味は別の所にあることはなかなか言い出せずにいた。
今回、良い機会を頂いているのだから、少しこの『跳満ベース』についてまずは触れておきたいと思う。


『跳満ベース』とは、文字通り跳満のテンパイを目指すという意味であり、皆さんが感じ取っている意味で多くの部分では間違いではない。
だが、これは無理をして“跳満”を作りにいくという意味では決してない。
ここで話す『跳満ベース』とは、手牌構成力の上での基準が“跳満”なのであり、手役を跳満にするという意味ではないのである。

前回までの中級講座でも触れてきたように、麻雀の理想は、対局者の誰よりも早く、そして高くアガる事である。
ここで間違えてはいけないことは、与えられた手を必ずしも最速でアガる事が全てではないということだ。

例えば、ミス無く最速に手牌進行をしていった時の打点が3,900点だとしよう。もちろんそれでアガる事に越したことはない。
しかし、相手の手牌進行が極端に遅かった場合はどうであろうか?
3,900点のアガリより後に、12,000点のアガリが待っているかも知れない。

ここで考えるのは、最速の3,900点をアガる人が強いのか、それとも12,000点に育ててアガる人の方が強いのか、果たしてどちらであろうか?

答えは、ない。
ただ1つ言えることは、3,900点で手牌に蓋をする者にはその先の手牌が見えないということだけ。


逆のパターンもある。
3,900点のアガリを取らず、12,000点のテンパイを組んだものの、アガリには結び付かなかった場合はどうだろうか?

これは、前者が優れている事は明白。
アガリ逃しの後の結果は、アガっていた者にとっては“あり得ない時間”であるから、その後の結果が、自らにとってマイナスに作用した時には目も当てられない。

それではどちらが勝っているのかというと、極論は、12,000点をアガれる時には3,900点のアガリを捨て、
3,900点しかアガれない時には3,900点で妥協するということではないだろうか。



私が常に意識している事の1つに、

「10回試行して7回成功する事柄がある場合、10回中10回全てを7回成功する選択をするのではなく、残りの3回は異なった選択をすること」ということがある。

これは常に7割の成功を求めるのではなく、可能な限り10割の成功率を求め打牌を続けるということなのである。
10回中3回を異なった選択をすると、成功率は7割を切るケースが圧倒的に多い。
場合によっては、最低で4割の成功率ということにもなりかねない。

それならば、堅く7割を狙った打法が良いのではないか?ということになるが、果たしてそれで本当に良いのだろうか?

答えは否である。
なぜならば、私たちは『プロ』であるからに他ならない。
みんながみんな同じ打牌を繰り返し、確率の優れた選択を続けていて、果たしてその打ち手が世の中に認められる魅力的な打ち手だと言えるのだろうか?
目に見える確率を凌駕するほどの結果を残せる打ち手が、本物の『プロ』であると私は考える。

例えば、ペンチャンターツとカンチャンターツとリャンメンターツ、どれか1つを外さなければならない時、どうしたらよいか?
麻雀教室の生徒さん相手なら、リャンメンターツの優位性を伝えた上で、カンチャンターツとペンチャンターツの比較を考え、
ペンチャンターツを外していきましょうといった話で落ち着くのだが、これが『プロ』相手ではどうであろう?

正解は、「引くターツを残す」ことではないのか?

何を引くかなんてわからないといった意見もあろうかと思う。
しかし、本当の意味での『プロ』を目指すのであれば、必ずやクリアしなければならない命題である。
信じられない者がいるのなら、A1リーグの観戦をお勧めする。
他のリーグと比べ、圧倒的にターツ選択のミスが少ない。この違いは明らかである。

それは何故かと問われたならば、きっと皆、「理屈じゃない」と答えるであろう。
自分の指が選んだ選択に、間違いはない。そう感じながら戦っているはずであるし、自分もかつてはそういった自信だけは誰にも負けなかった。
それはただ、日々の精進が研ぎ澄まされた感覚を生み、洞察力を鍛えあげているのだと思う。
最終的には、自分が選んだ選択が10割に限りなく近づくことが理想である以上、それを追い続ける事が私たち麻雀プロの課題ではないのか。




話は大きく横道に逸れてしまったが、この『跳満ベース』というものはどういうものかというと、簡潔にいうと『手牌に蓋をしない』ということである。
抽象的にいうとすると、『振り幅を大きく』というイメージ。野球に例えると、『ストライクゾーンを大きく持つ』といった感じか。

要は、自分自身で手牌の限界を作らないという事が、競技麻雀の手作りの基本は満貫というところから一歩進んだ、“跳満”だったというだけで、
これは別に倍満でも三倍満でも良いのである。(もちろん現実的ではないので、便宜上、跳満というキーワードを使っているだけのことである。)

与えられた手材料の中で、最も優れた形を創り上げる手牌構成力を持ちながら、状況や相手に応じて手牌構成のスピードや振り幅を変える事が技術なのであり、
それが長期に渡る戦いの中で大きな差となって現れてくるのである。

3,900点の手は3,900点でアガる。12,000点に育つ手を3,900点や8,000点で蓋をしない。
これが『跳満ベース』の真相である。


普段から対局の為の準備を怠らない事。そして、対局の為の思考を創り上げておく事が、私にとっての『備えあれば患いなし』なのだ。

あの時、を切り、を抜く事くらい、対局前から想定していた事。
あの局面でそういった選択をする為に、血の滲むような努力を続けてきたのだから。
それができないのなら夢など叶うはずがない。当たり前のことを、当たり前に積み重ねた結果なのだ。
それが連盟員全ての夢である『鳳凰位』のステージなのだと、私は信じている。

今回は長くなってしまったのでこの辺で。
次回は、思考の核心『フローチャート』について触れたいと思う。




執筆:望月 雅継

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