日本プロ麻雀連盟
プロ連2
日本プロ麻雀連盟HOME 日本プロ麻雀連盟のご案内 牌譜データサービス ロン2のご案内 タイトル戦のご案内 インフォメーション プロ雀士情報 雀力アップ
ホーム雀力アップ中級 >『間合い』のトレーニング

雀力アップ

『間合い』のトレーニング

(執筆:望月 雅継)



「勝ち続ける」事は難しい。
どんな世界の強者であっても、必ず敗北の時は訪れる。

これが麻雀の世界であったらなおさらだ。
強者と呼ばれる男たちでも、勝ち続けることなど、ない。

どんな者でも放銃するし、ラスを引く。
それが麻雀というゲームの本質であるから。ツモがあってロンがあるのだから、自分1人が放銃したくないというのはエゴである。
4人で戦っている競技だからこそ、トップの者もいればラスを引く者もいる。それが麻雀であるし、それがこの世界。


「勝ち続ける」ことも困難だが、「努力を続ける」ことはもっと難しいのかもしれない。

“継続は力なり”とはよく言ったもので、努力を続けることは一種の才能なのかもしれないと考えるのは極端であろうか。

どんなに能力がある者でも、天賦の才を持った者でも、努力を惜しんだ者に良い結果は得られないと私は思う。
普段からの弛まぬ努力こそが、結果を求める者が歩むべき道なのかもしれないし、その先にしか思い描く結果は見当たらないのだと。


努力の質と量と方向性は、人それぞれ。
各自が取り組んでいる内容も千差万別。

私自身も、心を鍛えるトレーニングと、体を鍛えるトレーニングと、技術を鍛えるトレーニングは別物だと考えている。

例えば、以前私がリレーエッセイの時に書いたトレーニング方法は、心と体を鍛えるものであって技術の進歩には全く役立たない。
麻雀を打つことによって鍛えられる体力もあれば、本を読むことによって得られる技術もあるし、精神力もある。

それぞれテーマによってトレーニングの質も内容も変わってくるわけだが、今回のテーマは『間合い』。
『間合い』を知るために、鍛える為に、私が普段行っているトレーニング方法を今回は一部紹介しようと思う。



・切り出しと捨て牌相の記憶

相手との間合いを量るためには、まずは相手を知り、そして己を知る必要がある。
そのためには、自分自身の決まりごとをきちんと守ること、そして自らの切りだしの癖を自らで把握することが大事だ。
さらに、対戦相手の思考回路、切り出しの順番を研究することと同時に、基本的な捨て牌相のメカニズムを把握しておくことが大前提となる。

まずは捨て牌相から。
一口に捨て牌相と言っても、捨て牌相にはいろいろな形がある。
ピンフ系の捨て牌相、タンヤオ系の捨て牌相、チャンタ系の捨て牌相、トイツ系の捨て牌相、一色系の捨て牌相などetc…。

厳密にいえば、チャンタ系の捨て牌相でもジュンチャンとチャンタは違うし、一色系の捨て牌相でもチンイツとホンイツは切り出しが違う。

それぞれの捨て牌相の傾向をデータとして頭に叩き込んだ上で、
似たような局面を抽出して相手の捨て牌から手牌を想像するのが手牌読みとなるわけだが、これは次回以降に。

次に切り出しの順番について。
簡単な例を挙げると、手牌、状況に制約が無い時、ターツ落としの順番や、カンチャンとシャンポンの選択、字牌の切り出しの順番など、
各人はどのように決めているのかというのが重要になる。

どういうことかというと、体で無意識に選んでいる打牌と、意識して切り出している打牌とは意味合いが違うということだ。

今回はこっち、次回はあっちというように、その時の気分によって同じ牌姿でも切り出しの順番が違うということがあると結果が大きく違ってくることが多い。
瞬間では微妙な差でも、時間が経つにつれ誤差が大きくなっていくということは麻雀以外の出来事でも体感することが多いように、
細かい部分での繊細な一打が勝敗を決するということは少なくない。
結果はもとより、自分自身での決めごとを作っておくほうが、自らの心のブレも少なくなる。
私的にはどちらかというとこちらの要素の方が多いのかも知れない。

例えば、

この牌姿から三元牌を切り出すとして、いったい何から切ればいいのか。
場況判断がまるでない場合は、正しく自らの“決めごと”が大事になる。

自らの決めごとを作っていない場合、指が選んだ牌が結果的に失敗してしまった場合の心の揺れは計り知れない。
もちろん個人差はあるだろうが、瞬間的なテンパイを取りこぼしてしまった場合など、
自らの選択によってその後の結果が大きく変化するようなケースでは致命傷になりかねないからだ。

これが、自らで決めごとを作っていた場合はその限りではない。
毎回同じ選択を繰り返すわけであるから心のブレがない。
勝負事に必要な要素の一つは精神力であるから、自らの打牌によって心が揺れないということは必須条件となる。


次にターツ落としについて。
これも自らの決めごとを作っておく方がブレが無いし、さらに対戦相手の決めごとを知ることが大事なこととなる。

 ツモ

先ほどの牌姿が進んでこの形。
ペンチャンターツを外すことになるのだが、ここでのどちらを外すのか?
いわゆる“順切り”と“逆切り”のどちらがいいのかという話なのだが、これには一長一短がある。どちらが正しいということはない。
よく、危険度の問題から内から切るとか、メンツ構成の幅を見て外から切るとか、いろんな議論がなされるが、
要は条件が無い時はどちらを切るということを自らが決めておくということが大事なのだ。

切り出した瞬間にリーチをもらって、「あ〜あ、こっちから切っておけばよかった」だとか、
「こっちから切っておけば雀頭が振り替わってタンヤオに変化していた」だとか、いろんな後悔をしている若手を見ることが多いが、そんなことは想定の範囲内。
決めごとを作っておくことで心の迷いは全くなくなるはずだ。

そして本当に大事なのはここから。
いろんな局面に応じた自らの判断の引き出しを、より多くのパターンを作り準備をしておくということなのだ。
つまり、毎回全く同じパターンではなく、自分の判断基準をより多く作っておくということ。
そして、それを対戦相手の切り出しにも応用するということが大切なこととなる。

例えば、上記の牌姿なら常にと切り出してくる相手が、という切り出し方をしてきた場合はどうだろうか?

そこで、残りの牌姿についての想像ができるわけである。

例えばピンズの残り部分が

からの

など、

瞬間的には残りの形はわからなくとも、残りの形のキー牌はピンズの中から下目だという想像ができるのだ。


それらが全くわからないという人でも、他にもピンズを持っているということだけでも判れば、例えばその相手からリーチをもらった時に、
手牌構成の中にピンズのメンツもしくは雀頭が含まれていることを踏まえて戦うことができるし、
手役の絞り込みや待ちの想定、さらには自分の手牌構成にも役立てることができるのである。


逆にと切り出す相手が、と切ってくる場合はどうだろう。
がトイツ落としである場合もあるし、(これは次の手出しの瞬間で判断できる)または、残りのターツ部分が完全形であるという“仮説”を立てることができる。

これらを踏まえて、対戦相手の切り出しの順序のデータを、観戦している時や、牌譜などから頭に叩き込むのである。
そして、対戦した時にその僅かな違和感から相手の手中の牌姿を導き出すのだ。

そこで普段やらなければいけないことは、その僅かな違和感に反応できるように、
普段の対局中(これはフリーやセットでも)から鋭くアンテナを立てておけるように、相手を観察するクセをつけておくことと、
牌譜を見たり観戦した時に感じた相手のデータをより実践的に応用出来るよう、自分の頭の中で打ち筋や手順をキチンと整理しデータ化しておくことが必要になる。



次に、より具体的なトレーニング例を示そう。

・放銃をする練習

いきなり刺激的な表題で驚かれるかもしれない。
これは何も無理して当たり牌を切り出せと言っている訳ではない。
普段のトレーニングでは、本番よりも少しだけ踏み込みを深くしてみろということなのである。

格闘技の世界での間合いを例に出そう。
ボクシングでは、リーチ差というものがある。
自分のリーチと相手のリーチの差が、まさしく間合いとなるわけで、例えば自分よりも相手の方がリーチが長かった場合、
自分のパンチが当たらないギリギリの距離に間合いを取ったとしても、相手のパンチは届く距離ということになる。
と、いうことは自分のパンチが当たらない距離というのはつまり、相手の間合いということになる。
このままの距離で戦い続けたらサンドバッグになるのは明白。

それではどうすればよいかというと、さらに距離を取って足を使った戦い方をするか、
逆に一歩踏み込んで相手のパンチも自分のパンチも当たる距離で戦うかの二者択一となる。
どちらにしても、攻撃を仕掛けるときは自分のパンチが当たる距離に踏み込まなければいけない訳で、
つまり攻撃を仕掛けるときにはいつでも反撃されるリスクを背負って戦わなければいけないということだ。

これを麻雀に置き換えてみると、自分が攻勢に出る瞬間はどうしても相手の危険牌を切り出さなければならなくなる。
相手に対する危険牌を切るということは、放銃に対するリスクも上がるということだ。
普段からリスクを恐れた麻雀を繰り返していると、肝心な勝負所で切らねばならぬ牌を切り出せなくなる。
それは、ディフェンシブに戦うということではなく、勝負をしていないということではないか。
もちろん放銃のリスクを回避しながら毎回打ち進められればそれが一番良い事であるが、私たちは毎回“戦っている”わけで、そんなに虫の良い話はない。
トレーニングの段階では本来の対局よりほんの少しだけでも踏み込みを深くしておくことが大事だということだ。

それはつまり、「殴られないと痛みはわからない」ということ。
普段はこの牌は切らないけれど、今回は切ってみようと思ってみることも時には一考であると考える。
放銃したら、またその時に次の対策を考えれば良いではないか。通った場合は、またその次の一歩を考えればいいだろう。
自分の側から障害を設ける練習をすることも必要であろう。


・三着を意識して取る

これも驚かれる表題であろう。
実はこれは先ほどの「放銃をする」ということとは正反対で、無理をして放銃を続けて点数を減らして三着を取るというのではなく、
はたまた自らアガリを見送って加点をしないということでもなく、きっちりアガリ、無駄な放銃をしない上で“三着を目指す”というトレーニングをするのである。

これにはどういう効能があるかというと、簡潔に言うと「より客観的に局面を見つめる」練習をするのだ。
普段私たちが対局をする時には常に『欲』が付き纏う。
それは“アガリたい”欲であったり、“トップを取りたい”欲であったり、“放銃をしたくない”欲であったり、どうしても自分中心の思考に陥りやすい。
これを振り払う為のトレーニングとして意識的に三着を狙うのだ。

もう少し具体的に踏み込んだ話をすると、普段対局を観戦したり、モンド21や天空麻雀等のTV対局を視聴者として観戦している時のような客観的な視点で、
今自らが行っている対局を捉えるのである。
そこには、より冷静に自らを見つめる視点と、極めて的確に状況を判断できる視点の、普段対局中に感じることのできない新たな二つの視点が生まれる。
対局しながらその視点の精度を高めるトレーニングをする為に、あえて“三着を狙う“のである。

そうすれば、無理に突っ込むようなことはなくなり、自分が参加しなければならない局面がクリアに見えてくる。
もちろん無理をして三着にこだわるわけでなく、自分がトップを取るべき半荘だと思えば最終的にはトップを目指せばいいし、二着を目指してもいい。
少なくとも、無駄なラスを引くことは圧倒的に少なくなるはずだ。


しかし、このような対局を続けることは“ヌルさ”を引き起こすことにもなりかねない。
公式戦ではもちろん意識して放銃するわけはないし、やはりトップを取りに行く麻雀を打たなければなるまい。
単発的にこのようなトレーニングをすること、そして半荘ごとにトレーニングのテーマ、効果を意識して対局に臨むということが大事なのである。


数年前、一瞬だけだが夢を叶える事が出来た瞬間があった。
周りには順調に見えたそれは、自分にとっては長く険しい道のりであった。

誰よりも強く想い続けたから叶った結果だと当時は思っていたが、今は違う。
きっとその当時は、この世界の誰よりも努力していたんだと私は思う。だから叶った夢なのだ。

今はどうだろう。努力はしているが…足りない。だから負ける。結果が出ない。
大きな壁にぶつかってもいるし、大した能力もない。大きな悩みも抱えてはいるが、きっとそんなことは関係がないのだろう。
ただ単純に、自らの努力が足りないだけなのだ。


この世界の頂点だけは、強い想いを持った者が誰よりも努力した証だと思いたい。
きっと今は、瀬戸熊鳳凰位こそが一番の努力を重ねた男だと私は信じている。
そして、その辛く苦しい努力を上回るほどの努力を積み重ねた男だけが、神に挑戦権を与えられるのだろう。


また選ばれし者になることが出来るように、今はただ、一心不乱に精進を重ねるのみである。


 




執筆:望月 雅継

ページトップ
麻雀格闘倶楽部 好評稼働中!
GyaOバナー白
近代麻雀2
モンド21麻雀プロリーグ
ALRAN
麻雀格闘部呂倶
日本プロ麻雀連盟メールマガジン
トップページ牌画の利用について引用・リンクについて広告についてよくあるご質問お問い合わせサイトマップ
日本プロ麻雀連盟
Copyright 1997-2010 Japan Professional Mahjong League. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.
ma-jan.or.jpの記事・写真等の無断転載はお断りします。