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我が道を拓く

 



6回の講座も、今回が最終稿となる。
伝えたいことがおそらく半分も伝えられず、逆に本意とは離れた部分での指摘を受けることが幾度かあって、
文章っていうのは難しいものだなぁと改めて感じさせられた半年であった。

そんな私が読者の方に伝えたいこと。
それは、実はものすごく簡単で、「魅力ある打ち手」になってほしい。ただそれだけだったりする。

当初、奇数回で自己の「イケてない部分」を書き反面教師的に読んで頂く、偶数回で他者(もしくは他業種)の「イケてる部分」を書き何かを感じ取ってもらいたい。。。
ざっくりとそんな枠組みを決めて挑んだ。

とはいいつつ前回(第5回)で、方針を一時変更し前々回の補足を入れてしまったが、要は私も読んでいるあなたと同様、成長途上の身だと思っているのだ。

だからこそ、「志は失っていないつもりだが、完成形とは口がさけてもいえない」今の自分をよりよくしたい。
その意味で(ともに伸びていく上で)、私がイイorヨクナイと思った事柄を紹介してきたつもりである。

そんな講座の締めとして「魅力ある打ち手とは何か」ということへの、私の意見を記していきたいと思う。

1週間ほど前、ある場所でセットを見学したときのこと。

南1局、西家。ドラは。対面の親がダントツ。

 ドラ

4巡目のこと。上家が打ったにこの打ち手は逡巡することなく、鳴きを入れた。
そして、これまたノータイムで打

  チー

・・・彼の意図が汲み取れるだろうか。

私はこの一連の動きを真後ろで見ていて、「素敵なチーだな」と思った。
なぜならば、意志が明確に伝わるから。

● 前局までにダントツの体勢を造り上げた親に、ぬくぬくと好ツモを回させたくない。
● トイツをほぐす、というよりも、ホンイツに向かいやすくする。
● 結果、捨て牌がほどよく変則気味になり、他家をまっすぐに行かせなくする。
● そして、この先自分が守勢にまわらざるをえない状況に陥っても、手をあきらめられる。
などなど。

そしてなにより、この打ち手の傾向(最初から染め手が多い。仕掛けない時はリーチを多用)にマッチした仕掛けであることが、
他家に対し、顔に見合った(打ち手のブランド、とでもいえばいいのだろうか)対応を強いているのである。

そう、この打ち手の名は佐々木寿人。

結果、この局は数巡後にリーチを打ってきた上家に対し、が暗刻になったヒサトプロが読みで一牌を通すも、

 チー ツモ

こうなった時点でやや変則気味の捨て牌(実際は手順のアヤで、リーチドラ1のソーズリャンメンなのだが)に対し、
スジのを打つこともせずに現物のを打つ。
同巡にが場に出たことによりを打ち、無事に流局・ノーテン親流れへと持ち込んだ。

仕掛け時の想定が崩れていった際、未練や色気を残さずに諦めきれる。
この点、ヒサトプロとその兄貴格の前原雄大プロは徹底している。
だから、まわっていたはずなのに妙にツモが利き、変な色気を見せて当初危険だと思って止めた牌で放銃・・・といったことがほとんどない。

これは、仕掛けを多用する打ち手につきまとう「危なっかしさ」を払拭し、「安定感」という、見かけのスタイルとは矛盾しかねない印象を対局者に与えているのだ。

チーポンして手牌が短くなった打ち手に、メンゼン手で仕上がった打ち手がかぶせるようにリーチを打つ。
巷でよく見られる光景であるが、リーチという選択は攻勢に立って行う時と、やや受け気味で自手の勢いに押されるように行う時とでは、
次局以降の心理的な部分が結構異なるように思える。

うまく成就できればなんて事はないのだが、かわされた時や流局した後、その局で生じた心の濁りが微妙な選択肢の際に、悪影響を及ぼす事が多いように思うのだ。

運否天賦という意味でも、正答を選ぼうとする行為としても、決して自ら過ちを犯している訳ではないはずなのに、
そういう心因的悪影響が積み重なっていくと少しずつ少しずつ、人は心を閉ざしていくのだ。ネガティブな方向へと・・・。

話がややそれたが、私は「ヒサト」という名前を隠したまま事の顛末を伝え聞いたとしても、高確率で誰の打ち筋か当てられるように思う。
そして、年齢やキャリアなどとは関係なしに、打ち手として「彼と打ちたい・彼の麻雀を見たい・彼から学び取りたい」と思うことだろう。

それこそが、打ち手の魅力・すなわち、商品価値というものなのだ。

先程名前を出した前原プロの打ち筋・思考については瀬戸熊直樹プロの【上級講座】を見ていただくのが最適と思うが、
前原プロもまた実に前原雄大らしい打牌・リーチ・アガり・そして放銃を見せてくれる。
私は前原プロを見て初めて、「放銃にも華がある」という事を知った。

または、先月勝又プロが執筆していた森山茂和プロの打ち筋もしかり。
豪腕さと繊細さの織り成す麻雀にこそ、多くの人は引き込まれるのだろうし、麻雀プロの生命線である「魅力をどう伝えるか」というテーマに、
ひとつの答えを提示しているともいえるのだろう。

麻雀は皆さんよくご存知のように、絶えず正解を選び続けることがほぼ不可能なものである。

だが、正解を求め続けることは決して無意味なことではない。
むしろ勝率という意味でいえば、そう打つことが好ましいともいえよう。

されども。プロに求められているものは、勝率だけではない。
どの道においても、勝てない・結果を残せないものはプロとしての資質が低いと世間は見るわけであり、勝率を超えてなお、惹きつける魅力というものが必須なのだ。

例えば、あなたが大枚をはたいて高級料理店へ行ったとしよう。おいしいものが出てくれば、それだけで満足するか。
そりゃ、一生に一度しか出会えないレベルの超絶的なおいしさなら別だけれども・・・。

雰囲気・料理の見栄え・工夫の仕方・ウエイターの物腰・対応などなど。
味を超えてなお、多くのものをあなたは求めるだろうし、大枚に見合うだけのものを得たと実感できなければ、
「あの店、まあまあ美味いけど、行くほどの価値はないな」などと友人に伝えてしまうのではないだろうか。

それが、世間の見る「プロ」の仕事・存在意義といったものに繋がっていく。
もちろん、サービスがどんなに完璧でもまずい店には誰も寄り付かないように、独創的な一打・強烈な個性を感じさせる打ち手でも、負けてばかりの打ち手であれば、
「そんなの打ってるから負けるんだよ」と言われるだけだろう。

そもそも麻雀の打牌選択なんて、せいぜい数種類からの選択枝な訳なのだから、手馴れた打ち手がマジョリティから大きく外れる一打を放つのは、
ギャラリーに対し「損だと承知していますよ」と自ら宣言しているようなものなのだ。
 
それでも。
フォームというものも、勝率を求めるそれと、それ以上のもの・すなわち打ち手の魅力を前面に押し出したものとでは、多少変わってくるものだと思う。

小島武夫プロが、麻雀格闘倶楽部のブログに、「最近の若手プロの打ち筋をみていると資質に乏しいのではないかと思う」という趣旨の文を書いているのを目にした。
小島プロが伝えたいことというのは、おそらく私が上で伝えようとしていることと同じベクトルなのではないかと思う。
もちろん小島プロは実践できていて、私はいまだ求めさまよう身という、大きなスタンスの違いはあるのだが。

そんな私の理想形。
それを言葉にすると・・・「自分の意志・思想を色濃く打ち筋に投影し、なお勝ちきることができる」というもの。
そして、一見奇手の類に見えたとしても、場の状況や傾向から見て最善手を選び、最高形を思い描き、実践できること。

例えば。
先日のこと。先程とは別のセットの場が立った。
このセットでは、終局後、手牌を公開し、気になる局面などについて若干の意見交換を行っていた。

東3局・7巡目、西家Cの選択についてのことだった。

 ツモ ドラ

捨て牌は以下の通り。(※暗い牌はツモ切り)

親 A 
   
南家B
   
西家C  
   
北家D
   

 

場を見渡すとかなりトイツ傾向が強い状況。
前巡、Cは、

ここにツモときて、-が4枚見えていること・を狙い目にできると見てを打っている。
そこにきたツモ

Cは無難に打。以降、をポンして-のタンヤオドラ2とした。
この手筋自体に対し、違和感を覚える人は少ないだろう。っていうか、きわめて自然。

だが、しかし。現在の私の理想とする形。
それはこのトイツ場にマッチする一打として打、さらに極論をいえば打とする打ち筋で勝ちきる事のできるフォームだったりするのだ。

お前何言ってんの?と失笑される方多数だと思う。1年前の私自身そう思ったのに違いないのだから。

こう打つ打ち手には、求める道のりに多くの苦難が待ち受けていることだろう。
無論、場の状況が特異だから・・・という必須要素が最大のポイントなわけだが、それでも素直にを切りたい自分に対し、
何度も何度も自問自答し、砂を噛むような思いの日々が訪れるのだろうし、結果・それもとびきりの結果を残せなければ、否定されること必至の打ち筋なのだから。
ナメられ、誤解されることも数多く起こることだろう。

それでも、打とした後にツモ・打リーチのインパクトよりも、ツモorの後、-は山にも河にも現れず、
三暗刻をツモるイメージが増幅していたのならば、その感性に身を委ねてみたい。
なんて思ってしまう自分がいる。

フォーム、それはビジネスマンが渡す名刺のようなものだと思う。
名詞の小さなスペースには、必要最小限のものしか記すことはできない。
だが、会社・職種・そして名前。
その一つ一つに既に付加価値があれば、そのたった数センチ角の紙片が、プラチナペーパーのごとき効果を生み出すこともある。

だが、ほとんどの人にとってそれは異次元の話であり、その紙片から始まる触れ合い・付き合いの中で、雨水が岩に浸みこむ様に少しずつ、
自分の信用をつけていくのだ。

フォームもしかり。何度も何度も似た局面・牌姿で同じ選択を繰り返すことによって、フォームは練り上げられていく。
その意味で、奇手に相当する行為というものは、諸刃の剣といえよう。

サラリーマン金太郎のように、奇手(的な行動)がスーパー出世街道を驀進する・・・なんてことは、ほとんど起こり得ないのだから。
ただし、その打ち筋によって結果を呼び込み、世間の目を向けさせることができたならば、それは非常に素敵なことだなとも思うのだ。

ここ1年弱、30代後半の決して柔らかくない自分の意識を、少しずつ少しずつ変えてきた。
マスターズは決勝に残ったものの、リーグ戦は+90ポイントの4番手と、結果に現れているとはいいがたい現状の中、
麻雀と向き合う心の内もかなり変化してきたように思う。

フォーム・ハート・そしてスタミナと、自分の中での課題点とその目指すべき道に対し、今の私はピュアな心持ちで取り組んでいるつもりだ。

私の目指す道の先に、きっと魅力が眠っている。そう思わなければ、やってられるものではない。
だが、そう信じていれば、麻雀は毎局毎局がなんとキラキラ輝いていることだろう。

だから、麻雀は面白い。そしてそんな打ち手の思考のさまをもっと多くの人に知ってもらいたい。
日々私はそう願い続けている。






執筆:今里 之彦

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