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プロ雀士インタビュー

今回のプロ雀士 : 森山 茂和


みなさんこんにちは^^
宮内こずえです。
今回は、日本プロ麻雀連盟では、みんなのお父さん的存在の、森山茂和プロにお話を伺っていきたいと思います。
怒ると恐いので、あまり粗相のないようにがんばりまーす♪

   

宮内
「それではまず、麻雀を始めたきっかけから教えて下さい。」
森山
「大体みんなと同じだと思うけど、大学の時に面子が足りないからって、友達に誘われたのがきっかけだな。それから、本で役だけ覚えた。」
宮内
「点数計算はすぐ覚えました?」
森山
「点数ねえ、うーん・・・。点数はどうやって憶えたんだろうねえ。」
宮内
「昔過ぎて忘れました?(笑)。」
森山
「いや、やっぱり、点数計算表みたいなので憶えたんじゃないの?」
宮内
「自分の事ですけど(笑)。」
森山

「だって、あんなの憶えるの簡単だろう。」

宮内 「私は、難しかったんですが(汗)」
森山 「あれはね、憶えようと思ったらすぐ憶えるんだよ。憶えようとしないから駄目なんだよ。」
宮内 「結局、丸暗記しましたよー。」
森山 「丸暗記は駄目なんだよ。なんでもそうだけど、基本的に積み上げて行くんだよ。
例えば符がどうあったらこうなるとか、何故その点数になるかを理解する事が大事なんだよ。
そうやって理解すれば、簡単に憶えられるんだよ。ってこんな話、長くしてもしょうがないだろ。」
宮内 「あ、はい(汗)。それではえーっと。友達の中ではすぐ勝ち組になりました?」
森山 「そんな事ないよ。最初は負けてたな。それでもまあ、一年くらいしたらずーっと勝つようになったな。
だから、大学の三年とか四年の時はかなり勝ってたね。
その頃はねえ、大学生のアルバイト代が、時給200円とか、高くても250円の時代だったんだけど、50円で麻雀やってたから、勝つと結構デカかったよね。」
宮内 「時代を感じますね〜。」
森山 「うん。当時は麻雀で勝ったお金とアルバイトで稼いだお金で、夏休みになると沖縄、与論島とかに遊びに行ってたね。
沖縄から東京に帰って来てすぐ北海道に行ったりもしてたな。」
宮内 「アルバイトっていうのは、雀荘ですか?」
森山 「いや、雀荘ではバイトしなかったね。
ちょっと特殊な仕事だったんだけど、月に2.3回区役所に行って資料を調べてくるってアルバイトがあって、それは結構いいお金になってたなあ。」
宮内 「大学を卒業した後はすぐに就職されたんですか?」
森山 「いや、何もしてなかったなあ。」
宮内 「今で言う、ニートってやつですね。」
森山 「働く気がまだなくて、これは書かなくていいけど、大学を卒業してすぐアメリカに行ってたんだよね。」
宮内 「えーーーっ!!意外ですね〜。ホームステイしてたんですか?」
森山 「ホームステイはしてないんだけど、半年くらい遊学してたんだよ。
その時は、日本に帰る前に、アメリカからヨーロッパ旅行に出かけたり、まあ、こんなの書かないでしょ?」
宮内 「はい、はい(^^)
 留学中も麻雀はされてたんですか?」
森山 「サンフランシスコのチャイナタウンで麻雀牌買って来た人がいてね。」
宮内 「どんなルールでやってたんですか?」
森山 「日本人と、普通に日本のルールでやってたよ。」
宮内 「海外に行っていた時も、森山プロの心から麻雀が消える事はなかったんですね。
留学から帰った後は何をされてたんですか?」
森山 「山口の実家がおもちゃ屋をやってたんで、それを手伝ってたかな。でも、なんか違うなーって感じがして、24歳の時に近代麻雀賞に応募した。」
宮内 「近代麻雀賞っていうのは何ですか?」
森山 「麻雀理論を競う物なんだけど、あの時は僕の書いてる内容のレベルが高すぎた。読んでる人に理解されなくて、それで駄目だったと思うよ。
今の時代には通用する事を書いていたんだよ。内容はね、麻雀とはツキだと。ツキをどうゆう風に利用するかが大切だとかね。
ツイてない時は、普通に打っても駄目だから逆を打つとか、まあ、そんな事を書いてたんだよ。
最近、その時の原稿の一部を見つけて読んでみたけど、今、俺が言ってるのと同じ。」
宮内 「それは、当時認められなかったんですか?」
森山 「うん。そりゃ認められないよ。審査する人に理解できないんだから。当時は流れで麻雀を打ってた時代じゃないから、常識だけで打つ事が主流だったからね。
手作りか、速攻かで競ってたり。でも、まあ結局流れで麻雀を打ってる人が強かったんだよ灘さん(灘麻太郎プロ)だったり、田村光昭さんだったりね。」
宮内 「なるほど。では、論文は認められなかった訳ですけど、どうやってプロになられたんですか?」
森山 「25歳の2月22日に麻雀プロになる決意をして、山口から上京したんだよ。
セリカって車に布団とか洋服とかを積んで、九州からフェリーに乗って大阪、そして高速走って、いきなり友達の所に転がりこんだんだよ。」
宮内 「麻雀プロになる決意をして上京するのって、結構勇気が必要だと思うんですけど・・・。」
森山 「そうでもなかった。当時、家に居候してた友達がタイトル取ればなんて無責任にプッシュしてくれて、その気になった。」
宮内 「良く親が許しましたね。」
森山 「家の母は寛大で心の大きい人だから助かった、甘いとも言うね」
宮内 「なるほど(笑)。上京してどうしたんですか?」
森山 「東京に着いた次の日、朝起きたら、車がないんだよ。友達の家の前に路駐してたらレッカーされててさあ(笑)それで腹が立ったから、また寝たんだよ。」
宮内 「また、寝ちゃったんですか!?ふて寝だ(笑)。森山プロらしいですね。」
森山 「どうせ、駐禁切られたんだから一緒だって思ってね。それで、夕方起きて車を取りに行ったら、なんと、駐車料金も取られるのな。」
宮内 「あはは(笑)知らなかったんですね。」
森山 「そう、知らなかったよ。知ってたらもっと前に取りに行くよ。それが一日目ね。」
宮内 「よく覚えてますね〜。」
森山 「そうだなあ。それから、色々な大会に出て、麻雀関係の知り合いが出来て。若獅子戦ってのが渋谷でスタートして、そこに参加して優勝した。
そこで優ちゃん(伊藤優孝プロ)とか安藤さん(故・安藤満プロ)と知り合ってね、まだ学生だった井出洋介氏もいたね。」
   
 

 若かりし頃の森山プロ
   
宮内 「おお!蒼々たるメンバーですね!小島先生とも、その若獅子戦で知り合ったんですか?」
森山 「いや、当時新大久保に小島先生の事務所があって、知り合いに連れられて行ったんだよ。泊まって寝たたら小島先生が来たんだよ。
あ、本物の小島武夫だ、挨拶しなきゃ、と思って起きようとしてたら、小島先生が、「寝てていいよって」優しく言うんだよ。」
宮内 「知らない人なのに!?優しいですねー。」
森山 「そう、そういう人なんだよ。
それから、小島先生の手伝いなんかをさせてもらうようになって、徐々にプロの活動をやり始めて、若手プロって呼ばれるようになって行ったんだよ。」
宮内 「徐々にっていう事は、ライセンスとかは無かったんですか?」
森山 「その当時は、まだプロ連盟が無いからね。僕が29の時にプロ連盟が出来たから。」
宮内 「森山プロが王位になられたのは、その年ですよね?」
森山 「そうだね、誕生日が来てたから30になってたけどね。第9期王位を獲ったのは、ちょうど連盟が出来た年だったね。」
宮内 「麻雀の仕事もして、タイトルも獲って、結構、順風満帆に進んでますね。」
森山 「実はそうでもなくて、その間色々とあったんだよ。麻雀への熱が冷める程、嫌な思いをした事もあるしね。
結局、自分の力でやって行くしかないと思ったよ。麻雀に対する自信だけは崩れなかったからね。」
宮内 「そういった思いから、連盟の裏方的な仕事を積極的に行うようになったんですね。」
森山 「プロ連盟で活動していく上で、みんなプレイヤーだけって訳にはいかないんだよ。
この業界はどっちかというと自分勝手な人が多いっちゃ多いじゃない。」(笑)
宮内 「そう言われてみればそうですね。」(笑)
森山 「酷いって意味じゃなくて、みんないい奴なんだけど、麻雀バカみたいな所があって、みんな何もやんないじゃん。」
宮内 「確かに、そういう所はありますね。」
森山 「20年くらい前にね。王位戦が無くなりそうになったんだよ。当時スポンサーだった会社が潰れて、お金が出せなくなったんだよ。
存続の危機に瀕しても、みんな動こうとしないじゃない。だけど俺なんかは、自分が獲った唯一のタイトル戦だから無くなって欲しくないじゃない。
だから、スポンサーがいなくても、なんとか開催出来るようにと考えて、全国の色々な人にも協力を得て、それでなんとか王位戦は続いた。」
宮内 「その辺りから、運営の中心人物になっていった訳ですね。」
森山 「そうだね。そのうち、タイトル戦が王位戦だけじゃ寂しいからって、一発裏ドラありの麻雀マスターズも作ったりね。
それを始めるにあたっては、「さかえ」にも協力してもらって、各店で予選やって貰って、そのお陰でマスターズも上手く行った。」
宮内 「マスターズが出来たのは今から15年前ですよね。」
森山 「そんなになるかね、歳取るわけだ。そうしてる内に、今度は麻雀のゲームが流行りだすんだよ。
それで、雑用係りの俺が担当して、ゲームの企画、アイデアを出すようになった。 例えば「徹満」とか、「道場破り」といったソフト。」
宮内 「あーーーーーっ!私、道場破りで麻雀覚えたんです!!だから、そのソフト今でも持ってます!!!」
森山 「その流れで、道場破り杯ってのを企画して、モンドに持ち込んで、正月の特番で放送したんだよ。
優勝賞金300万円、藤原(藤原隆弘プロ)が九蓮宝燈和了ったんだよな〜、藤原はそれで2着になって100万円。
その時、僕が解説してね。そしたら、僕がなんか生意気な事ばっかり言ってるって思う人もいて、反発は多かったらしいね。」
宮内 「あはは(笑)未だに、反発は多いみたいですが(汗)。ロン2カップでも、結構叩かれたとか・・・。」
森山 「あ〜。ロン2カップね。おめえらがしっかり打たないからだろうが!!!」
宮内 「きゃーーー(><)すみません(汗)。」
森山 「あれは、中途半端な解説になったよね。なんとかカバーしてやろうって気持ちが、中途半端な事を言わせちゃうんだよ。
自分では違う事を思ってるのに、否定出来なかったり、無理やり持ち上げようとしたりね。まあ、反省点がいっぱいあって勉強になりました。
今後はもっといい物を作る自信にはなりました。」
宮内 「いえ、やっぱ、森山プロの解説は厳しくないと、らしくないですよね。」
   ロン2対局中の森山プロ
森山 「おめえが言うな!!」
宮内 「はいー!!(汗)。では、最後に今後の事についてですが・・・。」
森山 ロン2はね、10年くらい前からずーっとやりたかった事なんだよ。
色んな会社に話を持ち込んだけど、断られた。
時代が早すぎたんだろうね。
3年前の8月1日、パイの日に「ロン2」がスタートした時は嬉しかったな。
本格的な麻雀が、インターネットで何処でも出来る。
日本の麻雀を世界に広めていきたい。そんな気持ちが、ずっとあったからね。」
宮内 「世界に広めるという意味では、麻雀格闘倶楽部が香港に進出してますけど、その麻雀格闘倶楽部も森山プロが監修されてますよね?」
森山 「麻雀格闘倶楽部が大成功したのは、ずっとゲームソフトの企画に携わってたのが大きかったと思うよ。
どうやったらゲームの麻雀が面白くなるか、日々考えてたからね。
まあ、麻雀格闘倶楽部は最初から人気があったゲームなんだけど、プロの参戦とかイベントの開催、モンドでの麻雀格闘倶楽部杯とか、
こちらの提案をコナミもどんどん受け入れてくれて、お互いの相性が抜群だったから上手く行ったんじゃないかな。
香港でも売ってくれたし、しかも大人気なのは嬉しいよね。
先日の香港の麻雀格闘倶楽部イベントも大盛況だったしね。マカオにも麻雀格闘倶楽部あったね。」
宮内 「今後の展開については、どのように考えていますか?」
森山 「麻雀格闘倶楽部にしても、ロン2にしても、より楽しめるものにしていきたいよね。
日本の麻雀を世界に広めたいって気持ちが強いから、もっと世界で、楽しんで貰いたいよね。
日本のリーチ麻雀を世界スタンダードにしたい、日本の麻雀は競技性が高い点で他のルールを陵駕しているもの。
ロン2は、今後英語バージョンも考えててね、世界中で出来るようにしていきたいと思ってるんだよ。
そうして、麻雀格闘倶楽部も世界レベルに、50年とか100年後はすごいぞ。」
宮内 「麻雀が、もっともっと広まればいいですね。」
森山 「ロン2や、麻雀格闘倶楽部で世界の人たちと対戦出来るようになるよ。
今すぐには無理だろうけど、少なくとも、宮内がお婆さんになる頃には、なんとかなるさ。」

     

 

         
と、無邪気に夢を語る森山プロは、どこか子供のようで、二十歳そこそこで単身アメリカに乗り込んだ青年の面影は、未だ彼の中に存在しているのだと思った。
森山プロの夢が叶う日が早く来ればいいのに・・・。
彼の純粋に麻雀を思う気持ちが、自然と私にそう思わせた。
最後まで、まっすぐに駆け抜けて欲しい。
そして、その後は私たちが思いを受け継いでいけたらいい。
   
宮内 「今回は、沢山お話して下さってありがとうございました。
ファンの方や、これから連盟を担っていくであろう若手プロにメッセージがあればどうぞ。」
森山 「やっぱりね、一人一人個性のある麻雀を打って欲しいね。プロは、個性のある麻雀を打って勝たなきゃ駄目。
会長(灘麻太郎プロ)にしても、小島先生(小島武夫プロ)にしても、自分の麻雀を打って勝ってるからすごいんだよ。
この局面は、こう打った方が得かなと思っても、自分の打ち方を貫く。それが大事なんだよ。
最近では、ヒサト(佐々木寿人プロ)は、自分の打ち方を貫いて打ってて頼もしいよね。
タッキー(滝沢和典プロ)は、いい麻雀を打つんだけど、性格が優しいから、もうちょっとかな。
まあ、何にせよ、これからは若手に頑張ってもらわないとね。
麻雀界をよくする為には、自分たちが頑張らないといけないんだから。」
宮内 「はい!私も頑張ります!!」  
森山 「ファンのみなさんは、どんどん楽しんで下さい。
今後も様々なイベントを企画して行きますので、是非参加して頂き、私たちプロと一緒に麻雀を世界に広めていきましょう!
プロの努力と、皆さんの協力なしには、夢は実現しませんから。今後とも、よろしくお願いします。」
宮内 「よろしくお願いします!!」  
     

   

   

 

森山 茂和 ( もりやま しげかず )
日本プロ麻雀連盟 副会長 山口県出身  
⇒プロフィール(ロン2)はこちら

(このインタビューは2007年04月現在のものです)

 インタビュアー:宮内 こずえ

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