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プロ雀士コラム

まずはじめに、お断りしておかねばならぬ事がある。
このリレーエッセィは、ある者があるものを書き、それを名指しである者に送る。
送られたある者は、一ヶ月以内にやっぱりあるものを書き、それをある者に送る。
これ、いわば幸福の手紙の麻雀版である。
もちろん、送られた方は幸福どころか不幸の矢を射られたようでたまったものではない。
しかし、こんな読み物が麻雀ファンや仲間の見る楽しみとなれば幸いである。

(ホームページ編集部)

 


第48回:板川 和俊


杉浦プロからバトンを受け取った、関西本部の板川和俊です。
2011年のトップバッターですので、今後の抱負なども交えて書きたいと思いますので、しばしお付き合いください。

このリレーエッセィも今回の私で48回目。
ということは、早丸4年以上の月日が経過していることになり、過去の記載エッセィを拝見していると皆さん個性豊かに表現されていますね。
そのバトンをしっかりと繋ぐために、今回は最強位獲得までの自分なりの振り返りをしてみようと思います。


【はじめに】

まず、私が正式にプロ連盟に入ったのは、今から15年くらい前(確か28、9の頃)でした。
学生時代は競技麻雀にのめり込み、麻雀三昧の日々を過ごしておりました。
当時、お世話になっていた雀荘のマスターが連盟員でしたので、何かと連盟には関わりがあったのですが、
その頃はプロにはならず、社会人になるとともにきっぱりと足を洗っていました。

当時は静岡県の浜名湖の近辺で、のどかな環境でのびのびと仕事をしていたのですが、風の便りに関西でも連盟を盛り上げていこうと、
灘会長が力をいれらていることをお聞きし、もう一度自分が大好きな麻雀に携わり、麻雀を囲碁や将棋のように遊びとしてではなく、
競技としての市民権を得たくてプロになりました。

私が入会した当初は、わずか6名のメンバーで船場支部を立ち上げ、苦労も多く試行錯誤の連続でしたが、非常に充実した日々を過ごさせていただきました。
初代支部長は、津田プロが務めていましたが、突然病に倒れ、志半ばで亡くなられてしまい、
その遺志を継がれた稲森プロ(現関西本部長)が、二代目支部長に就任しました。

稲森本部長とは、私が学生の頃からのおつきあいで、面倒見がよくその人柄にひかれ今日まで20数年のおつきあいになります。
当時は稲森プロの右腕として、関西プロリーグや船場リーグの企画運営、関西でのプロテストの実施など、
ありとあらゆる裏方を一手に引き受けてやらせていただきましたが、おかげさまで今では在籍メンバーも70名くらいに増え、
船場支部から関西本部に一本化され、やっと若手も育ち、リーグ戦運営や研修会などは任せられるようになりました。
当時のことが昨日のことのように思い出されます。


【いざ東京へ】

さて、私が東京のリーグ戦や研究会に参加するようになったのは、プロになって4年目の1999年の後期のリーグ戦からでした。
当時、東京のリーグ戦に出ようと決意したのは、主に2つの理由がありました。

1つは、関西のタイトル戦では殆ど勝っていたので、このままでは井の中の蛙になると言う危機感から、新たなステージで自己成長をするため。
もう1つは、これからの関西の麻雀のレベルをあげていくためには、自分が東京に出て得たことを余すことなく関西のメンバーにも伝え、
関西全体のレベルの底上げをすることが目的でした。

まだ道半ばですが、坂本王位の誕生など、少しずつではありますが、関西の麻雀レベルにも変化が見られてきました。
東京のリーグ戦に出てきた当初は、現在のように地方からの参加者はほとんどいなく、古川プロをはじめ数えるほどでしかいませんでした。

そのため、同じ連盟員でありながらも、すごく高い壁を感じたのを覚えています。
いつも孤独感を味わいながら上京し、
『遠方から時間もお金も費やして参加しているのだから、やすやすと簡単に負けて帰るわけにはいかない』と自分に言い聞かせながら対局に挑んでいました。

東京に通いはじめてしばらくすると、伊藤優孝副会長から『板川君、いつも遠いところご苦労さん。頑張ってるね』と温かい励ましの言葉をかけていただいた。
この言葉が、当時の私にはどれほど心強く励みになったかは、言葉には言い尽くせないほどでした。
以降も折に触れ、いつも温かい言葉をかけていただいています。(感謝)

それから少しずつではありますが、回りの人たちとも打ち解け、師として尊敬している沢崎プロや同世代の石渡プロなど数多くの人脈を広げることができました。
今では、当時の孤独感や不安感はなくなり、たくさんの仲間と会えるのを楽しみに毎回上京しています。
関西本部や他の地方から参加してくる仲間に同じような思いをさせないように、今度は私自身ができるだけ一声かけたり、
ネットワークづくりへのサポートをしてあげたいと心底思っています。


【初のタイトル戦決勝】

東京のリーグ戦に参加しながら、研究会にも積極的に参加し、自己研鑚に励み2003年に初めて大きなタイトル戦である第28期王位戦の決勝に残りました。
このときは前原プロ、堀口プロ、鈴木達也プロ、宮岡さん、私の5人での対局でしたが、
正直、初めての決勝戦で舞い上がりミスばかりして平常心で打てなかったことを記憶しています。

対局の合間の休憩には『七対子の1シャンテンからしかけるのが関西流の麻雀か?』とか、
『君はサラリーマンと言う本業があるから気楽でいいよ。だから決勝までこれるんだよ』などと外野から言われてとても悔しい思いもしました。
けれども、この敗戦を通じて一番学んだのは『揺れない心=平常心』や『折れない心』を身に付けること。
そのためには、麻雀以外の部分でメンタルを鍛える必要があることでした。
逆境をバネに、いつかは自己満足ではなく、周りから認められる打ち手になろうと心に誓ったのもこのときでした。


【魅せて勝つ】


メンタルトレーニングの成果を試すチャンスが訪れたのは、翌年の第20期十段戦の決勝戦でした。
メンバーは小島、前原、吉田幸雄などの各プロ。
初日に役満をアガリ、リードして迎えた2日目、途中、逆転され、かなり離されたましたが諦めず、最終戦で一度は捲り返しオーラス勝負となりました。
このとき再逆転はされましたが、ギャラリーが手に汗握るような好勝負ができたことに満足感があり、勝者を素直に讃えることができました。
ラグビーで、ノーサイドの笛のあとは、お互いの健闘を讃えるシーンがよく見られますが、まさにそのような心境であったと思います。

メンタル面を鍛えることは、これからの継続課題でもありましたが、この対局を通じて小島プロの魅せる麻雀により一層の憧れを覚えて、
自分もいつかは『魅せて勝つ』打ち手になることを強く思い描いたのでした。

以降、第21期十段戦では、当時の観戦記者からは酷評されましたが、最高形を目指す「魅せる麻雀」を貫き字一色のテンパイでギャラリーをワクワクさせたり、
いろいろと見せ場は作れるようになりましたが、勝ちに結びつけることはできませんでした。

打ち手それぞれの個性があるから麻雀は観ていて面白いのであって、違いを認め合わなければ業界の成長はないと思います。
私は自分とは違う考えの相手を否定するのではなく、そこから新たな発見や引き出しを増やす打ち手が、本物のプロであると常々思っています。
それ以降も、2008グランプリ、第26期十段戦、第26期鳳凰戦と6度決勝戦に残りましたが、あと一歩のところまでは行くのですが勝ちきれない状況でした。
まだなにかが足らない。


【最強戦】

メンタルトレーニングなど試行錯誤を繰り返している最中、昨年の10月17日、前日には女流桜花の観戦やサンマをしたりと普段通りの状態で挑んだ最強戦。
これまで価値観の違いや、麻雀のスタイルの違いなどからいろいろと言われたこともありましたが、
私自身のポリシーであるどんな状況であっても可能性がゼロでない限りは、決して諦めず、勝つためのベストの選択をし続けて挑みました。

予選の初っぱな、開局から役満の親カブリをしても平常心でいられたのも、これまでのメンタルトレーニングの賜物ではなかったのかなと思っています。
あの状況下、逆転の発想で『最下位から最強位となったら面白いなぁ』と思えたのがこれまでの経験を活かした証であったのでしょう。
決勝戦でも序盤は滝沢プロに走られましたが、気負うことなく常に相手との点差を意識しながら局を進め、落ち着いていたことが勝因ではなかったのでしょうか。
おそらく以前の私であれば、南1局、

 ドラ

この状態であれば、我慢できずリーチを打っていたのかもしれない。
結果は、リーチ後に先にを引くのですが、タンヤオやリャンメンへの変化を待ち、を引き打まで我慢できたことが、
これまでの敗戦から学んだ成長だったのでしょう。

最後まで白熱した闘いでしたが、決勝の舞台で多くのギャラリーに見守られながら、自分のすべてを出し切れたことがこの15年間の成長の証で、
その間、叱咤激励をしていただいた諸先輩や多くの仲間、ファンの皆さんに感謝します。


【おわりに】

今回、運よくタイトルは獲れましたが、私の目指す永遠のテーマ『魅せて勝つ』はまだまだ道半ばですので、
これからも『日々精進、日々成長』で、昨日の自分に負けないよう頑張っていくとともに、あとに続く後輩たちに夢と希望が持てる麻雀界にしていけるよう、
微力ながら粉骨砕身頑張っていきたいと思います。

そして近い将来、麻雀が囲碁や将棋のように市民権が得られようにしていきたいと思っています。
最後までおつきあいありがとうございました。

次のバトンは、天空麻雀7に初登場の白河雪菜プロにお願いしたいと思います。








執筆:板川 和俊

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