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プロ雀士コラム

まずはじめに、お断りしておかねばならぬ事がある。
このリレーエッセィは、ある者があるものを書き、それを名指しである者に送る。
送られたある者は、一ヶ月以内にやっぱりあるものを書き、それをある者に送る。
これ、いわば幸福の手紙の麻雀版である。
もちろん、送られた方は幸福どころか不幸の矢を射られたようでたまったものではない。
しかし、こんな読み物が麻雀ファンや仲間の見る楽しみとなれば幸いである。

(ホームページ編集部)

 


第21回:仁科 勇人



ある日、兄貴分として慕っている松崎プロから着信があった。

松崎 『リレーエッセイやる?』 
『それ、どんな新台ですか。』
松崎 『あのねぇ、連盟のプロが次々に登場するんだよね。どう?』
『面白そうですね。じゃあ行きましょう。待ち合わせどうします?』
松崎 『え〜っとね、とりあえず二週間待つから、大まかに書いてみて。』
『・・・あ、原稿ね。』

 

さっそく、大橋プロの書いたエッセイを拝見。
お、本当に私に回ってきてるじゃないか。
どれどれ。

>悩みに悩んだ結果、仁科プロを思い出しました。

記憶の片隅に置いたままでいいと思います。

>そういえば一緒に働いた事もあるし、同い年だし、麻雀強いし、うってつけです。

Cリーガーの私の何がうってつけなんでしょう。

>きっと面白いことを書いてくれるに違いないでしょう。

書く前にハードル上げないでください。

などとブツブツ言っても、引き受けてしまったモノはしょうがない。
HPをご覧の皆様、私なんかですみませんがお付き合いください。





ふと思う。
私は一体、いつからこんな生活をしているんだろう。
思い起こしてみれば12年前、悪友に麻雀を教わったあの時に人生が決まってしまったのかもしれない。

が、当時の連れは皆まっとうな道に進んでいることから思うに、私が勝手に道を踏み外しただけなんだろう。

義務教育は終わったんだ、どうしようが俺の勝手だ、と親不孝極まりない思考で、学校が終われば雀荘へ。

学校はまだ終わってないが雀荘へ。

もう、いっそそのまま雀荘へ。

どうしようもないクソガキである。

今、もしあの頃の私に会ったら、ブン殴って説教してやりたいくらいだ。


『せめて制服くらい着替えていけ。』

そうじゃない、そうじゃない。


『親に迷惑をかけるんじゃない。』


そもそも、何で俺は麻雀にドップリと浸かってしまったのか

ああ、そうだ
あれは確か、中学校の昼休みだった

『仁科!お前、麻雀て知ってる?』

興味ねえよ。

確かにそう答えたつもりだったが、
奢りのラーメンに釣られて、大して仲良くもないクラスメートの家にまで来ちまった。
どうやら、麻雀を始めるらしい。

当然、役どころかルールも知らない。
無造作に置いてあったルールブックをパラパラと捲りながら、不器用にツモって切る。

何をどうすればいいんだコレは。

ん、2コずつ集めたらいいヤツあるじゃねえか。

これでテンパイってことだよな。丸っこいヤツの4が来たらいいのか。

よし、リーチだ!

おっ!ツモ?で合ってる?



その日から、私は麻雀にのめり込んだ。
ただ牌に触れていることが楽しかった。
仲間打ちじゃ物足りなくなった私は、バイトして貯めた金でフリー雀荘に出かけるようになり、
親の歳の人達と卓を囲んだ。

ふと、声をかけられる。

『お兄ちゃん、若いくせに麻雀達者だねえ。今度ね、近くに安い雀荘オープンするから働いてみない?』

やりたいっス!




それから、月日が流れた。
私は、東京に居た。


『よし、リーチだっ!』

オーラス、負けが込んで熱くなっているクラブの黒服が意気揚々と牌を曲げた。

トップ目の私は、とうの昔から-待ちのピンフ聴牌。
程なく黒服がを掴んだ。
だが、私はアガることができなかった。

『ツモ!ハネ満!俺トップだろ、コレ!』

『はい。ラスト、ありがとうございます!』

私は営業スマイルで、そっと手牌を伏せた。




私は上京して間もないころから3年あまり、藤島プロの下で働いていた。
今でも、公私共にお世話になり、尊敬しているプロの1人である。

そんな彼に、ふと言われたことがある。

『お前の麻雀は優しすぎるんだ。それではお前が損をする。だから、自由にやって欲しい。』

『多分無理だよ、だって俺、そういう人間だしね。』




自ら陽の当たらないような生き方を選んでいた私に、好機が訪れた。

今から2年前、日本オープン(日本プロ麻雀協会主催)決勝に運よく残ることができた。

それは、ずっと夢見てきた舞台だ。

4回戦(全5回戦)を終えたところで、私と藤崎プロとの着順勝負となった。


これほどトップをとりたいと思った半荘はない。
夢にまで見たタイトルが、現実見を帯びてきた。

しかし、未熟であるが故に、プレッシャーに押しつぶされそうだった。

東一局で親満を打ち込み、更に冷静さを失った私は、東場で箱を割った。
最後の親も落ち、あとは優勝を争う藤崎プロ・中村プロの親番を残すのみ。

南3局、半ば義務で狙った国士無双だったが、終盤での1シャンテンまでこぎつけた。
そこで、優勝を競っている中村プロからリーチが入り、
一発で無筋のを掴んだ私は、生涯記憶にない程の長考に沈んだ。

だがそれは、中村プロの手を読んでいた訳ではなかった。
ふと、トータルポイントが書かれたホワイトボードに目を移す。




プロ意識とは、勝ちにこだわることなんだろうか?

ここでオリること。
それはつまり、日本オープンというタイトルを諦めたことを意味する。

これは、俺1人の戦いではない。
多忙の中、俺なんかの為にわざわざ足を運んでくれた多くの仲間たちも共に戦ってくれているんだ。
俺が勝手に諦める訳にはいかないハズだ。

だが、もし俺が放銃したら、この決勝が台無しになってしまうんじゃ・・・



様々な想いが交錯し、葛藤の末に、私は完全安牌を抜いた。

そして、私の日本オープンは、終わった。




私は今、中野のある雀荘で働いている。

至らないところばかりだが、店長として店の為に貢献しているつもりだ。
自己主張できない情けない男で、スタッフに迷惑をかけてばかりだが。

だけど、お客様に好かれて、わざわざ私がいるから遊びに来た、などと言われたら幸せじゃないかと思う。

私は競技プロとして一流にはなれないだろうが、この道の一流にはなれるかもしれない。

そんな裏方人生も、悪くないね。





ガラにも無く、真面目に書いてみました。

では、次回ですが、藤崎智プロに回したいと思います。
宜しくお願いします。






文責:仁科 勇人

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