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プロ雀士コラム

まずはじめに、お断りしておかねばならぬ事がある。
このリレーエッセィは、ある者があるものを書き、それを名指しである者に送る。
送られたある者は、一ヶ月以内にやっぱりあるものを書き、それをある者に送る。
これ、いわば幸福の手紙の麻雀版である。
もちろん、送られた方は幸福どころか不幸の矢を射られたようでたまったものではない。
しかし、こんな読み物が麻雀ファンや仲間の見る楽しみとなれば幸いである。

(ホームページ編集部)

 


第9回:今里邦彦



もっともっと強くなりたい。

誰にも負けたくない!という思いを、いったいいつまで持ちつづけられるのだろう。
マージャンは気力で勝てるようなものではない。
そうなんだけど、技術や運だけで勝てるものでもない、そう私は真剣に考えている。

だから、今日も私は牌譜を眺める。今日もノートにその日のマージャンを綴る。
それだけで勝てるようになるわきゃない。
だけど、ただでさえ根拠のない「己の強さ」の裏打ちの一つになればいい。
そう思いながら、壮大な無駄に終わる可能性が高い作業を、来る日も来る日も続けていく。
こんなことが、飽きっぽくて冷めやすいそんなローテンションの私の情熱の源となっている、そう思いながら。

1997年10月。.
この年の春に日本プロ麻雀連盟第13期生として入会した私は、当時よく通っていた新宿・歌舞伎町の店で圧倒的な勝率を見せ付けられていた前原雄大プロに話し掛けてみた。
今でこそ若手・中堅プロのいいアニキ分といった風の前原プロだが、その当時はかなり強面な雰囲気を醸し出していて、ビビリな私は相応の勇気を出して声をかけた記憶がある。
あの瞬間がなかったら、たぶん私の選手としての遍歴は相当異なったものになっていただろう。
…というのは、しばらくして当時歌舞伎町に住んでいた前原プロからほぼ連日声がかかるようになり、また私もホイホイ駆けつけては麻雀に対する構え方・思考方法を夜通し語りあう日常がスタートしたからだった。

ある時は同卓して、ある時は前原プロの後ろで麻雀を観戦し、ある時はただ問わず語りに麻雀を肴に朝まで一緒に…。
森山茂和プロ、安藤満プロ、荒正義プロらセット面子からも実にいろいろなマージャン観や局面に対しての指摘・討論が伺えて、それがたまらなく嬉しかった。

忘れてはいけないと帰宅すると必ずノートに書きとめて、翌日それを再読して、わからないことは本人に聞く。局面図を作って、もう一度その発言の意図や理由を理解できるまで何回も何回も聞いたっけ。
その当時はそんなに罪悪感を覚えなかったけど、今考えなおすと身勝手なその電話を何時間も受け止めてくれていた皆さん、本当に感謝しています。

「過去牌譜を並べて、疑問点を必ずノートに残すこと。それだけで確実に強くなる」
そう前原さんから言われて、そのまま実行した。
自分なりのペースも決め、行為自体が辛いとは思わないようにしながら。
…正直いって、これが元で強くなったかどうかはよくわからない。
だけど、自分のその時のマージャン観がそのまま記録されているから、昔のノートを時折読み返すと
「あぁ、この時はここが自分の疑問点だったんだな」
と振り返りができる。
決して万人向けじゃないけど、忘れっぽくて飽きやすい私にとっては効果的な方法だと今でも思う。
だから私は今でもこの方法を実践している。我ながらバカだなと思うけど。

しかし、どうしても結果が残せない。
…自分が弱いから。
そう思えない頑固で意固地な私は、漂いながらズルズルと対局に赴いては苦渋を舐める、そんな日々が続いていった。

http://ima9292.seesaa.net/article/50428033.html

おそらく、現役のプロ連盟リーグ戦参加者で私ほど次点経験のある選手はいないと思う。
一度A2に到達しながら一期で降級。
その後どんどん追い抜かれるうちに、悔しさも忸怩たる思いもその振幅がどんどん小さくなっていき、それを感じるたびにさびしく思うのだった。
それじゃいけない! 
そう考えるとあのノートの束を読み返し、手書きの戦況図を夜通し読む。
そんなことで成績が上向くわけはない。
そうなんだけど、少なくとも自分が今まで麻雀に費やしてきたものに想いを馳せることはできる。
それがなければ、たぶんとっくにいなくなっていたように思う。

2005年、そんな春のある日。
毎年出場だけはするものの、たいした成績も挙げられずにいた「マスターズ」。
予選から何度も何度もピンチに陥りながらなぜか土壇場で手が入り、ここからアガれないとダメという人から出ての逆転が何回かあって、気がついたら決勝の席に辿り着いていた。

1週間後の決勝まで、いろいろな人が声をかけてくれた。
調整しようという人、アドバイスをくれる人、頑張れよと声をかける人、ただ「俺はツイているから乗っとけ」と握手してくる人。
嬉しかった。
例えそれが、他の全員に同じような言葉をかけていたのだとしても、ポジティブ思考の私は、心が救われる思いがした。
普段この人たちに何も返せていないんだから結果を見せてお返ししなきゃな、なーんて思うたび、密かに巣食うプレッシャーが消えていき、それがまた心地よく感じられた。

ここで話は、決勝の数ヶ月前に戻る。
この年の私はB2リーグに降級、いよいよがけっぷちの思いの中で何か自分のプラスになればと、それまで見ることのできなかったA1リーグ(私はそれまでの数年B1リーグに在籍していて、A1と同時刻の設定のために観戦できなかった)を毎月食い入るように見つめていた。
特に重点を置いていたのは朝武雅晴プロ。
あの精神の太さはどこから来るのだろう、あの打点の高さとその精度の源は…。
自分にないものを見るあのワクワク感がたまらなく素敵だなぁと思い、かなりの局数を見続けていた。

そのうち、あるクセに気がついた。
それはちょっとしたしぐさなのだが、一色手などある法則に従ったテンパイ時にはほぼ必ず見られる傾向で「いやいや、そんなバカな」と思いつつも、その事例が増えるたびに、なんだか自分だけが知っているそのほのかな秘密にドキっとした。

まぁ私が対戦することなどほとんどないんだし、本人に伝えようかなーなんて思いつつも機会を逸していた、そんな時に前述の決勝戦が訪れたのだった。

対戦者は 朝武雅晴・岩井健太・吉岡真一郎。

その機会は4回戦に訪れた。





4回戦 南2局0本場 ドラ

3回戦を終えて、トップ2回、三着1回で首位ながら、ラス目からことごとく復活し好位にピタリとつけるゾンビのような岩井プロに、ほとほと嫌気がさしていた。
今でこそ仲良しだけど、たぶんこの対局中はお互い「死ねばいいのに」と思いながら打っていたことだろう。
その岩井プロがこの半荘は鳴りを潜めてじっと耐えている様が、とてもイヤだった。
たぶん南場の親番に照準を定めているのだろう、そう思った。
流れ論がどうとかいう事ではなく、岩井プロはそういう自分が定めたポイントにアガりをもぎ取り、それを契機にドカンと加点していく打ち手であり、事実この決勝戦でもそうなる様をもう何回も味わっていたのだ。
二人の思いが交差した南2局、岩井プロの親番。

手牌

岩井



吉岡





 ツモ

朝武

捨て牌

岩井



吉岡






朝武

朝武プロの第3打、が鈍い光を帯びて私の目に飛び込んできた。
今振り返って見ると、なぜそんな決断ができたのか自分自身よくわからないのだが、おそらくこういうのは卓上で感じ取れる全てのもの、表情、しぐさ、臭い、そんなものに身を任せたその瞬間でないと確信なんてできないのだろう。少なくとも私はそうである。

ここで打とした。

王道を積み重ねた後に勝利の美酒が伴っているのだとするならば、私の行為は美酒を掲げた女神を転ばせ、その零れ落ちた滴を飲もうと企んで足を蹴るような…そんな不埒なものなのかも知れない。
それでも自分にはこの座順・この光景・この瞬間が、数ヶ月前に発見したあの朝武プロの秘密を知った時から、なぜか連綿と続く一本の線のような気がした。
これは後付けではなく、本当にそう感じたのだった。

朝武プロの口が「チー」と言った。
その瞬間の朝武プロが、晒す2牌を手牌のどの位置から抜くかだけを見極め、すぐに岩井プロの表情に視線を移した。
今は治っているから記すが、岩井プロは自分に好手が入っている時に動きが入ると口元に兆候が現れる。この時も微細な動きがあった。
ここまでを通じて、岩井プロは自分の決めパターンの時は極力相手が動く元を作らない(例えば役牌の初牌を絞る、とか)ようにしているように自分には見受けられた。
その岩井プロが「決めに来ている」親番で2巡目に、4巡目にと初牌を手出ししている。
これは余剰牌のない充分形の手が入っていると私は推測した。

だから、朝武プロに止めてもらおう。そう考えた。
もちろん自分が動いてもいいのだが、今局は悲しいかな、私は手牌10枚もしくは手牌7枚でこの岩井プロの気迫を受け止め交わすような状態ではない。

まだ、例の兆候は朝武プロに現れない。
もう一丁、行った。
を放して一役与えに行ったつもりだったのだが、この仕掛けをリャンシャンテンからのものと見ていたならば、本当はから打つべきだったと思う。
捨て牌を見る限りは岩井プロにはないのだから、よりキーである(と思われる)牌からプレゼントすべき。ここら辺はかなり甘い。
慣れない服を着て精一杯大人ぶっているようなこの手筋、私はこの牌譜を眺め返すたびに笑みをもらしてしまう。

を鳴いてもまだ、朝武プロにはあのしぐさが現れない。
一瞬後悔が走る。勘違い?見落とし?…etc。
しかし、岩井プロの捻じ曲がった口元が、その考えを少しだけ癒してくれた。
は蛮勇を振り絞った一投。
もし放銃したら、たぶん俺は終わる。
そうわかっていながら、甘いスローボールをあえて放った。
これもキャッチした朝武プロにようやく例の兆候が見受けられ、後は岩井プロのヤミテンをケアするだけ。
岩井プロの採譜を担当していた鎌田勝彦プロが、朝武プロのアガリ形に目もくれず私を射抜くような視線で見ていたのがなぜか心地よかった。
道中、敵は多い方が闘志に火がつくもんだ。

あくまで結果論ながら、全員がメンゼンで進行したならば、岩井プロが12巡目の

 一発ツモ ドラ

の4,000オール(裏が乗れば6,000オール)をアガっていることになる。

自分としてはここでピンチを脱した、つもりだった。
だけど岩井プロはやはりタダモノではなく、5回戦にダンラス目から8本場まで積んで、オーラスだけで54,000点も加点してしまう。
リーヅモ裏6とかこんな正念場でやられてごらんなさいな。もう絶句しかすべがなくなるから…。

南4局三本場 供託2,000点 親・岩井

 暗カン  リーチツモ ドラ 裏ドラ

それでも最後の最後に朝武プロからの地獄行きリーチ(ここで朝武プロにアガられると、私と岩井プロの最終戦を残した点差が100,000点近くになり私の目は非常に薄く、岩井プロの連覇が色濃くなる)に対し、私が追いかけリーチでドラを一発ツモ、僥倖の2着を確保できた。
※マスターズは30000点持ち30000点返しのトップ+30P・2着+10P・3着▲10P・ラス▲30P。

南4局八本場 供託1000点 南家・今里  

 リーチ一発ツモ ドラ 裏ドラ
 
このリーチ、待ちなのだが感触薄く、また出てもあまり意味がない(3着のまま)。一発でツモアガらないと2着浮上ができないのに、相手の切っ先に首を突っ込む勝負に出ることになる。
もちろんラス目からおそらくマンガン手以上であろうリーチがかかっている時点でアガらざるを得ないのだが、リーチをかけながら(これを出アガったらおそらく俺の優勝はないだろうな)なんて思う心境だったのだから、どれだけ自分が追い詰められた心境だったことか。

わずか2.5Pのリードで最終戦を迎えることになった。

そしてその闘いも、はやオーラス。
ふたりの差は17,000点私が上。
あと一局ながら岩井プロのラス親。
「また1時間前の悪夢の時みたいになるかも」
ほんのちょっとそんな考えが浮かんだら…2局連続岩井プロに放銃した。
岩井プロの後ろにいるギャラリーの顔が幾分緩んでいるのが見える。
岩井プロと私の斜め後ろにいる前原さんの表情がギリギリ目に入った。
親の死に目みたいな顔してる…。
たぶん私の後ろで見つめてくれている人たちは皆こんな顔をしているのだろうな。
そう思うと、誠に不謹慎ながらニヤリとしてしまった。

大丈夫。俺は強い。俺は勝つ。そのためにここにいる。

なぜだろう。トータルわずか1,200点差に追い詰められているのに、相手は現チャンピオンなのに、状況は明らかに自分に不利なのに。
私は私の勝利を微塵も疑わなかった。
自分に言い聞かせた訳じゃなく、本当に私はあの時、上記のように思っていた。
もし、対局者の思考がマンガの吹き出しのようにギャラリーに見えていたならば、おそらく大勢の人が私に詰め寄ってこう囁いただろう。
「大丈夫? アンタ今の状況ホントにわかってる? 負けそうなんだよ?」

そして、生涯忘れられない一局が始まった。



6回戦 南4局4本場 ドラ

本局の2巡目は、この日唯一(というより数年ぶりの)ノーメンツからの仕掛け。

当日私が決めていたこと。
それは「勝算のない仕掛けはしない」ことと「対局終了まで口を訊かない」ことだった。
善悪の次元ではなく、強いて理由を述べれば「そうすれば勝つ気がした」ただそれだけのこと。
だけど、こんなちっぽけな事すら、普段の自分はナァナァにしてしまう。
自分に言い訳するのはもうたくさんだ。
だから、この仕掛けも自分に取っては「勝算のある仕掛け」なのだ。

なぜか。それは座順と現況にある。
オーラスの2局を見る限り、上家の吉岡プロは「なるべく自分が局面に影響を与えない」捨て牌を並べようとしているように見えた。
ただし、それまでの状態が悪すぎて、その判断基準もかなりブレているのが実状。
だからその時一番怖かったのが「岩井プロに親マン級の一発を吉岡プロが打ちこむ」ことだった。
私がその吉岡プロから直接役牌を鳴けば、私にも絞り岩井プロにもケアし…とおそらくがんじがらめになることだろう。
もともと吉岡プロからの甘いアシストなんてないのだから、この一枚鳴ければそれでいい。私も苦しいけど一役は確保できる。
あとは岩井プロとの本当のサシ勝負。
私は下家の岩井プロの顔だけを見ながらテンパイに持ち込めばいい。そう考えていた。

6巡目に朝武プロからが打ち出された。
これは今局キメに来ている岩井プロにも私にもややキツい牌。
瞬間「朝武プロ、テンパイ?」という懸念が浮かんだ。
しかし、このポンは身体がそうさせた。
この動揺が、私にを残させてしまう。

6巡目 が出た時点

 ポン

岩井プロ、朝武プロともにがきつく、また前述のようにドラを下家の岩井プロにアシストすることなくテンパイすることを目指すのだから、ここで危険牌を抱える意味はない。
次巡、が重なりを打つのだが、親が同巡ツモ切っていてくれた事が本当にありがたかった。
そして10巡目、ついに親からのリーチ。
この手が安かろうはずがない。また私が放銃したらそこでゲームは実質終わり。

んな事はわかってる。
それでも俺はこの局を制する。今日一日かけて、俺はそうするように打ってきた。

数秒後、朝武プロが現物のを打つ。
「ポン!」
余剰牌がドラ?
それがいったい何だ?
「牌理には【ドラ】という名のメカニズムはない」
ある夜、しこたま酔っ払った安藤さん(故・安藤満プロ)が呟いていた言葉が脳裏に浮かぶ。

その後は、まるで試練のようにド危険牌ばかりがやってくる。
すり抜けろ! 来い俺の! つかめ
そんな思いが浮かべば、どんなに楽だった事だろう。
息継ぎのない競泳をしているかの様に、何も頭に浮かんでこない、長く苦しい時だった。

自分だけの力ではない、あるいは声援のような何か。
そう、その何かが私に勝利をもたらしてくれた。




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2005年、このマスターズを皮切りに十段戦ベスト16・王位戦ベスト16・チャンピオンズリーグ決勝3位・グランプリ決勝4位・最強戦ベスト16・そしてリーグ戦も2位昇級と、出場した大会のほとんどすべてが良績となった。

しかし、あと一歩。その一歩を踏みしめることは適わなかった。
技術でも運でもない何か。おそらくは…マージャンに賭ける情熱の差。
勝者の晴れがましい顔を目の当たりにするたび、私はそう思い知らされる気がした。
だから今日も実らないかもしれない研究を一人黙々と積み重ねる。転機を信じて。

●余談だが、私は朝武プロのテンパイ信号がまだ修正されていない、そう思ったままこの年の「グランプリ」の準々決勝に臨み、朝武プロにド終盤の4枚目の牌で国士無双を放銃した…。
そりゃそうだよね。いつまでもそんなクセ引きずってる訳ないよね…。
その回は勝てたからよかったものの、自分のバカさ加減にドッと汗が吹き出た。




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ずっとずっと、牌理を追求してきた。
手順の先に未来がある、そう信じてきた。
遅々としてではあるけれど、今でもその想いに何らブレはない。

ないけれど、麻雀は自分の思うがままになるものでもない。
いってみれば、サーフィンの選手のようなものだと思う。
圧倒的なサーフ技術の差、それは厳然として存在するものだ。
しかし波の大きさ、その質感、そしてその波形自体は自然が作り出すものであって、人間が織り成すものではない。
自然への挑戦。そして共生。それが運命を委ねる種類の競技に共通する一つの観念なのかもしれない。

それでも私は、麻雀の技量というものをより突き詰めていきたい、そう考えている。
突き詰めた後、それでも負け続けることもある。
そう達観できた時、私にまたスポットライトが当たる時が訪れる…そんな予感がしているのだ。




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今春、森山茂和プロの呼びかけで、ある会がスタートした。
「スパルタ会」。
文字通り、森山プロを始めとする連盟の大先輩らが若手プロにスパルタ指導をしていく、そんな趣旨の会だ。
森山プロ以外にも、小島武夫プロ・前原雄大プロ・沢崎誠プロがほぼ必ずいて、若手や女流プロの一打一打に対して、かなり辛辣なコメントを発している。

ある女流プロの終盤の甘い一打(結果的にその一牌は、失点になってはいないのだが)に対し、前原プロが言った。
「(理由を聞いて)そんな気持ちで打たれると周りに迷惑がかかるし、俺は他のことはともかく麻雀だけはそういういい加減さが許せない」と。
またあるときには、入って2年くらいの若手プロに対してこうも言っていた。
「君には麻雀を真面目に打っていこうという想いが感じ取れない。そんな気持ちのままで打っていてもいいことは無いと思う」
本来前原プロは、他人に対してこういう言葉を口に出す人ではない。
それは生来の優しさから来ている部分もあるだろうし、相手が傷つくかもと考えたときのその後の気遣いや気苦労を考えてしまうからかもしれない。

だから、この会でのこういう前原プロを見るのは本当に久しぶりで、それがたまらなく嬉しい。
今は麻雀格闘倶楽部出演者もしくはロン2のプロID取得者のみに門戸を開いているそうだが、こういう環境が派生してくれたらいいな、そう思いながら私もこの会に通っている。

通いながら、ヒリリとした緊張感の対局とその討議の時間が訪れるたび、私も後輩にできるだけのことをしてあげたいとそう思う。
考えてみりゃ、ここに集う先輩たちには何のメリットもないんだもの。
憎まれ役を買って出て、そこには何の報酬も発生はしない。
だけど、後輩が強くなってくれればそれでいい。
そんな想いが無ければとてもじゃないけどやってらんないと思う。本当に。

だから。
私はもっともっと強くなりたい。こういう人たちの想いを無駄にさせたくないから。
だから皆も、もっともっと強くなってください。




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そんなこんなで、次はこのスパルタ会の事務担当、「まっつん」こと松崎良文プロにリレーバトンを回させてもらいます。
最近ノッテる彼の勝負感みたいなものを訊けたら、私ももっと強くなれるかな?なんて。






文責:今里 邦彦

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