人は思い出を胸に生き続ける。
2004年の第21期十段戦と2005年の鳳凰戦が僕にとってそうだ。
どちらも優勝を目前にして自滅した試合。
詳しい内容は、ホームページを見てもらいたいが、試合後の喪失感といったらなかった。
第21期十段戦のとき、終了してすぐに当時一緒に働いていた仲間の元に報告した。
彼は電話口で震える声で、「お疲れ様でした。本当にいい夢見せてもらいました。
結果は残念でしたが、感動を頂ました。ありがとうございました」と言ってくれた。
その瞬間、僕の我慢していたものが決壊した。止まらない涙を止める方法をさがしていた。
以前ある女性が、必死で「あくび」をしていた。「どうしたの?」と尋ねると、
「悲しい事があったから、あくびしているの。こうすると涙がこぼれないから」
僕ももらい泣きしそうになり、一緒にあくびをした事を思い出してためしてみた。
「悲しくなったら、あくびちゃん」と教えてくれた事をやってみたが、涙が出てからは遅い事をその時知った。
第22期鳳凰戦で負けた時は、その時の数倍つらかった。
泣いてしまいそうな僕は「勝負師として生きて行くなら、勝って泣きなさい」の言葉を必死に思い出した。
奥歯を擦り切れるほど噛んだが、やはり涙は止まらなかった。
2つの敗戦は、これ以上ない財産として僕の中に残っている。
連覇した今も、敗因となったであろうターニングポイントの局は今でも鮮明に想い出される。
第21期十段戦7回戦 南1局、持ち点56,200。
初日を浮きの2着で終え、迎えた2日目の僕自身の初戦(5人打ち決勝の為)
俗に言われる「熊熊モード?」を経て、この半荘ダントツになり、トータルポイントでも突き抜けた瞬間に、
若く勢いだけの僕は自分自身でも、今考えると信じられないミスを犯してしまう。
配牌
ドラ
まさに好調者の配牌。
ここにツモ ・ ・ ・ ・ と来る。
読者の皆さんなら手牌はどうなっているだろうか。当時の僕はその時、
ツモ
こうなりテンパイ。場に は出ておらず、 が1枚、 が3枚。
今現在の僕が座っているなら、間違いなく打 。前原プロなら、「体勢」を生かして打 リーチか?
そして、その時僕が選択したのは打 のヤミテン・・・。なんと言う愚かな選択。
状況、状態を加味すれば、大きく構える打 、または体勢のままに先手をとる打 切りリーチしかないはずである。
受けと言うにはほど遠い、臆病で浅はかな選択。
結論から言うと、リーチを打っていれば、 で出アガリ。
打 としておけば、 ・ と引き、2,000・4,000の引きアガリ。
結局、流局となり、無いはずの局が出現して、調子の今ひとつだった親番の人を助けてしまう。
この半荘は、さすがに50,000点オーバーのトップで終えるのだが、本来なら決定打となるはずの半荘。
70,000点、80,000点のトップを獲らなければいけないはずであった。
そして、その因果関係からか、その局助けた人に、2連勝を決められ僕は2ラス。
こうして、第21期十段戦は、生涯忘れられない苦い思い出となった。
鳳凰戦や十段戦の決勝の舞台で近年生まれてくる1つの感情がある。自分が攻撃している場面で沸き上がる感情。
「つながれていた鎖を引きはがし、自分を開放してもいいんだ」
昨年の十段戦終了後、松崎プロの一言が印象に残った。
「今回の決勝の卓上は、獣の匂いがしました」
数年前なら、決勝メンツの顔ぶれを見て、「前原プロだねそれは」と笑い飛ばしていただろうが、ちょっとドキッとさせられた。
確かに以前とは違う戦いの場における勝利に対する「アプローチ」、「感情」、今の僕にはそう言ったものがある。
多分、そこを超えた感情もあるのだろうが・・・。
鳳凰戦2日目の朝、いつもの駅までの道端に咲く花の前で立ち止まった。
それは、花を見る余裕とか、心のゆとりがあった訳ではなく、
そうしなければ自分自身の闘争心が逆境に入った時、昔の自分が顔を出しそうだったからである。
なぜそう感じたのか。
やはり前日に3人それぞれの持ち味を、まざまざと見せつけられた事が原因だった。
特に、前日の6回戦に一発で逆転されたのには、少々こたえていた。
初載冠の2日目は、「7回戦が勝負」と決めていた。でも今回は具体的な場面が思いつかない。
不思議なもので、前原プロを走らせない為の協力者としての、沢崎プロ、板川プロはこれ以上ないほど頼もしい。
しかし、僕が先頭を走っている時の追いかけてくる場合の3人は本当に恐ろしい。
会場までの道のり、久しぶりに頭の中の整理がつかない。
結局、気持ちの整理がつかないままの会場入り。
7回戦南3局。
持ち点 瀬戸熊44,200 前原32,200 沢崎29,400 板川14,200
東場のリードを保ちつつ、迎えた場面。
前原プロの原点を切れれば、まさに絶好のスタートとなる場面。
9巡目にテンパイ。
ドラ
が場に3枚切れていた為、ダマテンを選択。
そして、11巡目にツモ で以下の形。
ツモ ドラ
前原プロが ・ と仕掛けている。
望月プロの指摘通り、僕も前原プロの手牌構成を推測していた。
打 リーチを選択。アガれる感触はゼロ。ここに自分のブレがある。
望月プロは僕に気を使って、そこまでツッコミを入れなかったが、確かに前日までの考えの上での手牌変化をさせたが、このリーチには覚悟がない。
僕にチャレンジ精神があったなら、 - のマチになった時点での即リーがまず1つの手。
胆力があったなら、 切りダマがもう1つの手。過去の経験を生かしていたのなら、打 ダマが最後の手。
残念ながらこのどれにも当てはまらない。結果はハイテイで前原プロに放銃。
ポン ポン ポン ロン
望月プロが観戦記でこう評している。
「この放銃が引き金になったかどうかは分からないが、ここからいつもに増して瀬戸熊の踏み込みが深くなったのだ」
さすがによく見ている。この時にこう思った。
「俺は何をやっているんだ。また同じ過ちを犯すところだった」
これが2日目の初戦だったことが、僕にややツキがあった証拠だろう。
「今回もチャンレンジ精神で望もうと誓ったじゃないか」
この放銃で目が覚めた。もう一度自分に言い聞かせる。
「死守するんだ。このタイトルを」
第27期鳳凰戦の軌跡 〜無心〜 へ続く。
執筆:瀬戸熊
直樹