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プロ雀士コラム

第27期鳳凰戦の軌跡 〜発進〜

執筆:瀬戸熊 直樹

 

12年程前、血を吐いて病院に運ばれた。
駅のホームで電車を待っているときに意識が飛び、気が付いたら病院のベッドで酸素マスクをして寝ていた。
その時に真っ先に思った事。

「俺、死ぬのかな?それは仕方ないにしても、まだ鳳凰位獲ってないな。1回でいいから挑戦して勝ちたかったなぁ」
数日後、少し元気になり、医者に「十二指腸潰瘍」と診断された。

当時、僕はBリーグ所属だった。
真っ先に「鳳凰位」の事が頭に浮かんだ僕は、本当の「麻雀バカ」だなと思う。
それくらい「鳳凰位」は毎日意識していた。

この時、十段戦の真っ最中で「八段戦」まで進み、医者に頭を下げて外出許可をもらいなんとか出場。
前原プロとの始めての真剣勝負。たなぼたで勝つことができたが、本当にツキが味方しただけだった。
それなのに、未熟な僕は「俺って強い」と思い込んでいた。

1ヵ月後、またもや医者に外出許可をもらい十段戦へ。ベスト16の戦いは勝ち残った。
迎えた翌日の準決勝。対戦相手は、小島武夫プロ・森山茂和プロ・石崎洋プロ。
圧倒的な力の差を思い知らされ惨敗。冷静に今考えると、完全な力不足。

その後の打ち上げの席で、小島先生にお叱りを受けた。
「お前の勝ちたい気持ちは分かる。でもな、負けが濃厚なお前が、
勝ち残りを決める場面で出て来てはダメだ。プロは負け方も大事なんだよ」と。心に響いた。

しかし、若い僕は素直に頷けず、病院に戻りただ泣いた。
「強くなりたい」その為の努力もせず、気持ちだけで打っていた自分が情けない。若かりし僕は本当に未熟者であった。
負けて、負けて、ちょっとずつ強くなった。そして去年、念願の「鳳凰位」を獲得。夢に手が届いた。
ここまで、その後のことは何も考えずに突っ走ってきた。そこが全てのゴールであるかのように。

鳳凰戦終了後、前原プロにひとこと言われた。「ここからがスタートだよ」1年間その言葉の意味をよく考えた。
「僕の目指していた場所はゴールではなく、スタートなのか?」鳳凰位になり、自分の中で少しずつ何かが変わり始める。
周りの目が少しずつ変わるのがわかり、自分を成長させなくては、と言う想いが強くなる。
載冠の日が防衛戦に向けての始まりとなった。

「誰も見たことのない景色まで行きたい」

麻雀という競技の性質上、そういった場所が存在するのか分からないが、
僕には麻雀しかないなら、それに全てを捧げて己の人生をまっとうしようと言う強い気持ちを持つ事にした。
麻雀界をより良いものとする為に、僕に何が出来るのか?たどり着いた答えは、「本物のプロになる」だった。

もう一度初心に帰ると同時に、勝つにしても、負けるにしても、その時点で出来る最高レベルの麻雀を打って結果を仰ごうと。
「鳳凰位であるうちに、複数のタイトルを得たい」という想いを胸に1年間過ごしたがノンタイトルに。まだまだ修行が足りない。

再び「スタート」を切る為に「連覇」しなければならない。僕はまだ麻雀界に恩返ししていない。
後輩達に伝える事がいっぱいある。「負けられない」この想いだけが強くなり、1年間は本当にアッと言う間に過ぎてしまった。
第27期鳳凰位決定戦のメンバーを見て正直に思った事は、「技術と経験では正直まだ勝てない。でも負けられない」。
刻一刻と迫るその時を前に、1年間を振り返る。

20代の頃、「有名になりたい、名を載せたい」と思っていた。
30代になって「本物になってから有名になりたい」と思うようになった。
そして、鳳凰位を獲り40歳になって、
「後に続く人達の為に、目標となって麻雀界、プロ連盟をより良くする為に走り続けたい。もう自分がどうのこうのとかは、いい」と思うようになった。

この1年、後輩達と麻雀の話をする時に、何一つ隠さず、自分の経験と今の自分が想っている考えだけを伝えてきた。
もっと色々な経験をして、もっと多くの事を彼らに伝えたい。そうすれば、僕が40歳でたどり着いた場所に、彼らが30代で到達するかもしれない。
そうする事が、自分自身をも高める事になると思う。

また、先輩達が口を酸っぱくして伝えようとしてきた事はこれなんだなと、今は思える。
鳳凰位でいる事が、僕みたいなダメ人間が、唯一、人に素直に麻雀の話しを受け入れてもらえる為の、必要最低限の資格なんだなと、
さまざまな場面で思い知らされた。

藤原プロが言っていた、「鳳凰位になった人は、今度は鳳凰位らしく戦いたいと思うんだよ」その言葉が今は理解できる。
技術も経験もまだまだだけど、「鳳凰位らしく」を胸に気持ちを高めて行く事にしたのである。

<初日>

会場入りした時、自分がやや落ち着いているのが分かる。昨年は少し気負っていたが、その辺にちょっぴり自分の成長を感じる。
1つだけ念じるように自分に言い聞かせていた。

「なるべく早く自分の世界に入ってしまおう」

要は早い段階で、戦いに集中しようと言うことなんだけど、昨年までは、守りの時間帯にそれが上手く出来ず、
情けない場面が多かったので、今回はそこを改善しようというもの。

昔、巨人の桑田投手が投げる前にボールに呟いていたが、僕も配牌を取る前、「冷静に、冷静に」と何百回も心の中で唱えていた。
インタビューでも答えていたのだが、言いづらいので2日目からは「calm down(コームダウン)」と英語にしたけど・・・。

1回戦(起家から、瀬戸熊・沢崎・板川・前原)

まず場所決め。「仮親引け」と念じながらサイコロを振る。
仮親となり、続いて起家決め。
「起家あんまり好きじゃないんだけど、記念すべき1回戦だから起家のほうがいいんだろうな」と、ぼんやり考えながらサイコロを振ると起家。

配牌  
 ドラ

可もなく不可もなくと言ったところか。

 ツモ

5巡目ツモときて、ホンイツを目指す打。7巡目に僕の牌姿は、 

 

こうなっていた。
対面の板川プロが打。思わず「ポン」の声が出てしまう。
自分としては、身体が勝手に反応したのだが、一抹の不安が広がる。
対面の板川プロの手牌は、 

 

こうなっており、僕がポンしないとと引き込み板川プロの引きアガリか、僕の打ち込み。
単なる1局として見た場合は結果オーライだけど、鳳凰戦として見た場合は非常に微妙な「ポン」である。
巡目は進み、板川プロが12巡目リーチ。

 リーチ

僕の手は進まず、 

 ポン ツモ

2枚切れの打とし、ようやく次巡ツモ、打でテンパイ。
そして17巡目ツモの場面。



ふと切りが頭をよぎる。ほとんどノータイムでをツモ切ったが、残りツモ1回という事で、板川プロにが切りづらいのと、
次巡、ソーズを引けば、再びテンパイ出来るかもと、安全策が頭をよぎる。安全でもなんでもないのに。

目をつぶってを切った。流局して開かれた板川プロの手牌。去年の初日の悪夢がよぎる。
この東1局の凡プレイと、やや好プレイがこの後のこの日の対局に影響してゆくこととなる。

鳳凰戦は3日間、全18回戦の戦いである。
どう戦い抜くかが一番大事なので、局面の打牌の1つ1つがゴールに結びついてないといけない。
9をポンした以上、相手からリーチが入るのは、ほぼ確定なのである。なぜなら鳳凰戦なのだから。

そして、自分が引き起こしたリーチである以上、そこに覚悟を持ってゆかなければならい。
もちろん、同じケースでオリたりする場面もあるかもしれない。
でも、僕が勝つ為には、全てのアクションに覚悟がなければならない。

いつも自分に言い聞かせる。「弱気と我慢の境界線を見極めろ」。
確かに、今回ディフェンディングの立場ではあるのだが、そこに受け身があってはならない。
眺めて防衛できる程、この戦いは甘くない。

この1局は神の啓示のように思えた。今日の僕はややツイている。
「今日は走れる、それならば全てを開放して腕がちぎれんばかりに攻めるんだ」と強く思った。

もし僕が、ここで打Nとして、板川プロに放銃していたなら、きっと今の僕はなかったと思う。
それと同時に、3人の素晴らしいプロに失礼にあたる一打となる所だった。
この一打(打5)を打つ為に、長い年月を費やし、多くのものを犠牲にしてきたのだから・・・・。

昨年は、1日費やしてしまったが、今年は1局で舞台に乗れた気がする。
ここからが、新しい僕のスタートだ。

第27期鳳凰戦の軌跡〜畏怖〜 へ続く。







執筆:瀬戸熊 直樹

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