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プロ雀士コラム

もっと自由に

執筆:北野 由実



昔から私は、「こう在らねばならない」という意識が強い人間だったように思う。
どうでもいいや、と思ったことに対しては、自分でも呆れるほどにいい加減なのだが、「こう在らねばならない」と考えたことは必ず守るようにしてきた。
「こうしたい」「こうなりたい」ではなく、「こう在らねばならない」である。
希望や願望ではなく、規律や束縛が私の行動基準だった。

それが絶対的に悪いとは思わない。そうした姿勢が、人生の節目節目で結果を出すことにつながってきた。
今私が手にしているものの中で、人に誇れるものがあるとすれば、それは全てこの性質によって培われたものだと思う。
そもそも「こう在らねばならない」を実践している自分が好きなのだから、それは「こうしたい」「こうなりたい」とほぼ同義であり、
両者の境界は非常に曖昧なものだったと言える。ある時までは。

「こうしたい」「こうなりたい」と「こう在らねばならない」が乖離し始めたころから、私の苦悩が始まった。

私は普段、麻雀とは全く関係のない、普通の企業で会社員として働いている。
一般的には激務の類だと思う。働いて、帰って寝るだけ、という日々が続いたりする。
出張から夜行便で帰国し、そのまま対局に向かったこともある。
1回戦が始まる前、座った時点ですでにフラフラしている。当然負ける。反省点が多すぎて自分に対する怒りすら起きない。
麻雀プロ失格である。

また、期限の迫った仕事を抱え、担当全員が休日出勤する必要のある日、無理を言って数時間抜け、対局に行ったこともある。
取り纏めとして結果に責任を持たなくてはならない立場だったのに、対局を休むという選択はどうしても出来なかった。
会社員失格である。

麻雀プロとしての「在るべき姿」、会社員としての「在るべき姿」、どちらも中途半端な自分に、ほとほと嫌気が差していた。
会社をやめようかと思ったこともある。私の「こうしたい」「こうなりたい」は、圧倒的に麻雀にあったから。
けれど麻雀で実績のない私が、社会の一員としてどう社会貢献出来るか、どう在るべきか、と言うと、やはり仕事をするしかないように思えた。
綺麗ごとを言ったが、現状維持に拘り、新しいことに挑戦することの出来ない小心者、と読み替えて頂いても構わない。
どちらも真実である。

「在るべき姿」に拘る私の頑固さは、当然麻雀の内容にも反映された。
有難いことに先輩方に教えて頂く機会に恵まれることが度々あるが、
折角教えて頂いても、自身の未熟さゆえ、教えの本質を理解出来ているか、我ながら怪しかったりする。

それでもなんとか自分なりに咀嚼することで、いつしか自分の中で、「プロの麻雀とはこう在るべき」という理想像が作られていった。
「無様な仕掛けはしてはいけない」「無謀な押しはしてはいけない」「さりとて守りすぎて勢いを殺してもいけない」おそらく歪な理想像である。
分からないのに分かった気になろうとしていたのだから当然である。
「無様な仕掛け」ってなんだ?「無謀な押し」ってなんだ?「勢い」ってなんだ?多分全部分かってない。
「こう在るべき」に縛られて、何がしたいのかどんどん分からなくなっていった。

ある時ふと、緑のラシャを見つめながら、
「こんな小さな卓の上で、麻雀という無限の可能性が繰り広げられている。なのに私は、その中のほんの、本当にほんの一部でしか動けていない。」
と思った。
「もっと自由に打ちたい」と思った。「もっと自由に生きたい」とも。

それ以来、昼も夜も、うわごとのように呟き続けた。
「もっと自由に、もっと自由に、もっと自由に」
完全にアブナイ人である。頭は大丈夫であろうか?否、多分ちょっとおかしくなっていた。


第21期チャンピオンズリーグのベスト28〜決勝が行われたのは、そんな煮つまり切った日々を1年ほど過ごしたころだった。
そこで私は初優勝という栄誉を得た。

チャンピオンズリーグは、ベスト28から決勝までを2日間で終える、超短期決戦である。
ベスト28の前日、私は原因不明の体調不良で会社を休んだ。体中の水分が抜け干物状態で1日寝ていた。

翌日、なんとか起き上がれるようになり、フラフラしながらベスト28会場へ向かったが、頭に霞がかかったような状態で、
現実と思考の間に常にカーテンが張られているような感覚が拭えない。トーナメント3回戦、どうやって打ったのか、正直あまり思い出せない。

そして、翌日には決勝戦である。超あっという間。そのせいか未だに、「本当に優勝したのか?」と思ったりする。
ベスト8を黒棒差の2着で通過したので、「『北野さん、あれ集計間違ってたわ』と言われたらどうしよう」と不安になったりする。未だに。

そんな夢うつつの2日間だったが、記憶の糸を辿れば、真っ先に思い出すのは決勝進出が決まった瞬間、津波のように襲ってきた緊張感である。
私にとって初めての決勝戦。
「え、決勝進出したの?決勝に出たら何人もの人に麻雀を見られる。こんな下手くその麻雀見せていいの?!」
およそプロにあるまじき考えだが本音だった。この頃にはもうすっかり頭がおかしくなっていたから。

緊張は、その夜布団に入ってからも続いた。休まなければ、と思っても、全く眠くならない。「これはまずい」と思った。
こんなネガティブ全開で打って、良い麻雀が打てるとは思えない。
そこで私は、自分を騙すことにした。
「これは緊張で眠れないのではない。明日が楽しみで眠れないのだ。例えるなら遠足の前日なのだ。」
結果や如何に、単純な私はすっかり騙された。極限を超えて、感情が振り切れてしまったのかもしれない。
その晩はほとんど眠れなかったが、むしろ「この楽しみを味わわないと。寝たらもったいないもんね」とまで思っていた。
そして、明日急に上手くなれる訳ないし、背伸びするのはやめよう、打ちたいように打とう、と思った。

決勝の感想を一言で言うと、「楽しかった。」
私たちたった4人の麻雀のために、立会人がつき、採譜者がつき、見学者がつく。
「なんて贅沢なんだ!!」と思うと、少し口の端が上がった。

プロにあるまじき感想だと思う。お前が楽しんでどうする、と。
でも敢えて口にする。それが今の私のレベルだから。
麻雀プロとしての「在るべき姿」を体現出来ない自分を、認めようと思うから。

決勝が終わって数日後、通勤電車からふと空を見た。澄み切った、きれいな青空だった。
その時、「ああ、私は自由になった」と思った。「あの決勝の卓上で、間違いなく私は自由だった」と。

決勝の牌譜を一通り見た。下手だった。でもそれが今の私だから、しょうがないのである。素直にそう思う。
人目を気にせず、打ちたいように打った。無様だったかもしれない、プロらしくなかったかもしれない、けれど間違いなく「私」だった。
1年ぶりに晴れやかな気分だった。

自由と責任は両輪である。どちらかだけを求めてもうまくいかない。
社会人として、麻雀プロとして、責任を果たしつつ、自由を尊重し、しなやかに生きて行きたい。
自らを縛り動けなくなっていた私に道を示し、救ってくれた麻雀に心からの感謝を捧げる。
「ありがとう。」

  


                                  


執筆:北野 由実

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