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プロ雀士コラム

残された時間と至福の時

執筆:前原 雄大

 

今年を振り返って、もしくは鳳凰位戦に向けて、ということでコラムをお願いしたいのですが・・・・
そう編集長に依頼されたのが昨年の暮れである。

「前向きに考えてみます。」

そう答えた。
そしていつの間にか年が明けた。

昨年を振り返って、もしくは今年に向けて、ではいかがでしょう・・・・・・・
編集長の声が、いつも通り柔らかく優しいのだが、どこか硬いものを感じた。〆切りが切羽詰まっているんだろう。


私は父親と母親に麻雀を教わった。
父親の麻雀は骨太の大きな麻雀で、ほとんど圧勝だった記憶がある。
少ない小遣いとお年玉をすべて巻き上げられた記憶もある。
男ならば勝たなければいけない!言葉ではなく、そう育てられた。

学校の成績が下がったりするとよく殴られた。言葉が少ない男で、しゃべるより、まず、手が出る。
成績が上がっても褒められることは一度もなかった。息子を褒めるということができない人だった。
今、思えば不器用な男だったのだろう。

母親は、父とは逆で勝っても負けてもどちらでもいい!
麻雀は面白いゲームだから、あまり勝ち負けにこだわりすぎるのはよくないと思う。もっと大切なものがあると思う。
そう言って、父親と口論になったことも少なからずあった。

父親は私以外に手を挙げる人ではなかったので、少しのお酒を呑み、黙って二階にあがり寝てしまう。
父は毎朝、5時半に起きて仕事に向かう人だったので、無駄な争いは避けたかったのかもしれない。
父親が寝てから、母親がよく言っていた。

「麻雀にしろ生きるということにしろ、一番大切なのは、いかに楽しむかということだと思うわ。」




『調整合宿』

昨年、私はいくつかのタイトルを優勝することができた。
勝てたことそのものは素直に喜んでいる反面、対局直後の打ち上げの席でも落ち込んでいることが多い。
自分の技術的なミスやハートの未熟さに呆れかえっていたり、まだ戦いの熱が下がらないのだろう。

{なぜ勝てたのだろう・・・・}

自問自答してみるがよくわからない。

麻雀そのものの能力は間違いなく若いころに比べ落ちている。
体力は勿論のこと、動体視力、記憶力、反射神経、集中力、閃き、執着心それら諸々の力が全て衰えていることは間違いもない現実である。
自分ではわからないので若い友人たちに訊ねてみた。

「それはやはり素晴らしいスパーリングパートーナーに恵まれているからでしょ!」

アホのヒサトらしい言葉である。

「ウム!」

たわけ者のタッキー君がエヘラ、エヘラうなづいている。
確かに彼らの言っていることは正しい。その部分に関しては私自信が一番わかっているし、感謝もしている。

「じゃあ貴方達のおかげで勝ったの?」

当然と言った面持ちの二人である。

「いや、そんなことはないですよ!前原さんもがんばったじゃないですか!」

フォローしているのか、何を言っているのかよくわからない言葉を並べるのは、歩く誠実とも呼ばれる山井君である。
全く意味のない会話をしたことに海よりも深く反省した。

家に帰り考える。
確かに彼らとの稽古はほぼ合宿に近い。
寝て、起きて、麻雀を打ち続け、語り合い、食べて寝るだけの生活が続く。
それは、麻雀の力を1+1=2。ということではなく、掛け算か、二乗になって行く感覚がある。

さらに言うならば、稽古の最中、ほとんど誰も何もしゃべらない。
そのせいでもないのかも知れないが、合宿も2週間を超えたあたりでは麻雀に溶け込む感覚の状態に入って行く。
自分の手の高い、安いに関係なく自然にリーチが打てて、高打点のテンパイでも自然な形でオリに向かえる。
それは、頭で何かを考えそうしているわけではなく、身体が、指が勝手にそうしている。
ほとんど白紙に近い状態になる。麻雀に自分の心を重ねていく行為と言えば分りやすいだろうか。

大体私達の合宿は、Aルールで1日半荘5回を1セットで、それを多い時で4、5セット打つ。
そんな中でわかってきたらしいものは、年齢を重ねるにしたがってメンタルな部分だけが唯一のあがって行く分野ではないかと思う。
つまりは冷静さを失わないとか、客観的に自分の置かれている立場とか見えてくるのでは、と考える。
結果として知識を知恵にできるのではないか。

家に帰り寝付けなくて少しのアルコールを流し込む。すぐ酔いが廻ってくる。
酔うとその日の麻雀を延々と考え続ける。

{50歳を超えてこんなこと続けていたら、死ぬな。}

それも悪くはないかな、とも思う。
そんな時、母親の言葉を思い出したりもする。

「あなたの選んだ道は厄介だと思う。それは、どこまで行ってもこれで良いという類いの道ではなくて、究めることもおそらくは、叶わないし、
何よりも、楽をしょうとしたら幾らでも楽ができる。」

そんな母親の言葉の塊達が、頭の中を駆け巡る。




『私の中での鳳凰位戦とは』

正直な部分、ここ1.2年鳳凰位戦にしても十段戦、グランプリにしても勝ちたいという気持ちはかなり薄れているように自分自身感じている。
薄れているというより、やるべきことをやりつくせば結果がどういう形でも仕方ないなと思う。
ただ、やるべきことをやらないで、結果だけを求めるのは違うように思えてならない。

「たかが麻雀ではないか。」という人がいる。

確かにその通り、たかがではある。
しかしそのたかがのために我々は齷齪し、もがき、抗って生きているのではないか。言いすぎかもしれない。
しかし、それが正直なところである。元々そういう性格なのかも知れない。

目的と目標がキチンと判別できない。
父親が私に拳を挙げた理由も、私のそういう部分が許せなかったのではないかと思う。
できることならば、言葉の少なかった父親にもう一度会って聞いてみたい。

昨年の秋、突然、そうまったく突然に昨日まで元気良かった父親が他界した。
私はその現実を受け入れる、受けとめることがしばらくかなわなかった。

それでも現実は押し寄せてくる。喪主ということもあり、十数名の葬儀のお手伝いをしてもらう人を探さねばならなかった。
どうしていいかわからない愚かな自分を気遣ってくれて、若い連盟の友人たちがすべて取り仕切ってくれた。
感謝に堪えない。

今は別れるということは二度と会えないということだけなんだろうと思うことにしている。




『残された時間と至福の時』

私にも残された時間はいかほどあるかわからない、そんなことを思う日々の中で、目的と目標がキチンと判別できないのはなぜなんだろうと考えていたある日、
たまたま目にしたテレビで、荒川静香がインタビュアーで浅田真央がインタビューされる番組を観ていた。

終わり近くに浅田真央が、インタビュアーであるはずの荒川静香に逆に訊ねる。

「オリンピックってなんですか?」

「楽しむものだと思う。そして楽しむためにハードな練習を積み重ねるものだと思う。」
いい言葉だな、そう思えた。

鳳凰位戦にしろ十段戦にしろ結果はどういう形で治まってもいいと考える。
それよりも大切なのは、そこに向かってどれだけのことを積み重ねたかと私は考えてしまう。

どこか独りよがりで、間違った考え方だと囁くもう一人の自分も確かに存在している。
麻雀に向かい積み重ねをするということは、その隣にいつも不安や焦燥といったものが存在しているように私は思う。

結果ではなく、中身に関しては、自信などというものはこの世の中に存在しないと思っている。
大丈夫だろうか、ちゃんと麻雀にむきあっているだろうか。
そんなことの連続が麻雀の質を高めて行く。

そんなときに隣で、大丈夫だよ、ちゃんと稽古しています、と誰かが言ってくれることはありがたいことである。
ましては私のようなどうしょうもない男にとっては。

私は運よくそいう若い友人たちや先輩に巡り合えた。私はそのことは忘れないようにして生きてきた。
小さなつぶやきのようなひとつの言葉たち、勇気を与えてくれることが麻雀に限らず多いと思っている。
私が弱い人間だからと言われればそれまでだが、不屈の魂なんて人がいたら少し怖い気がする。

人間死んでから残せるものなど、ほとんどないだろうと思う。
あの世があるのかさえ私にはわからないが、持っていけるものなど何もない。
自分で観たもの、経験したものぐらいが財産だと思う。

あとは人と出逢えたこととその人達と過ごせた時間である。
素敵な人に出逢えた人は、至福を得たのではなかろうか。

「お父さん、そう考える私は間違っていますか。」


携帯の音が鳴った。
愚か者達からの稽古の誘いである。

また、今日もいい時間が過ごせそうだ。









執筆:前原 雄大

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