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プロ雀士コラム

闘志と謙虚な精神を持つ人

 


心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる





これは、現メジャーリーガー・松井秀喜選手の言葉である。
私は、その人の人生を決めるのは若い頃に誰と出逢ったか、誰から影響を受けたかで決まる部分が多いように思っている。
言葉を変えれば、人は人によってしか変容していかないということである。

それは例えば私自身であれば、麻雀に限っていえば、若いうちに森山茂和さんに教わり、荒正義さんから学んだということである。それが私の麻雀の骨格である。
そして麻雀を教わり学びながら、どうしようもない私に生き方と往き方を諭してくださったように思う。

ヒサトを見ていると、いつもこの松井選手の言葉が思い浮かぶ。

私が佐々木寿人と出逢ったのが八年前、彼が二十三歳の頃だった。
私の恩師ともよぶべき人が新宿で高級麻雀荘をオープンさせ、しばらくたったころ一従業員として出逢ったのが始まりだった。

ある晩、オーナーがセット麻雀の誘いを受けその雀荘にたどり着き一番奥の卓に彼とオーナーが座っていた。
彼は私が卓に座ると立ち上がり、
「佐々木寿人です。よろしくお願いします。」
そう言って頭をさげた。
礼儀正しい青年だなと思ったのが最初の印象だった。ほとんどしゃべることはなく、無口なんだなとも思った。
そして、そこで毎晩のように戦う日々が続いた。

半年ほど経ったある晩、闘った後に初めて二人で食事をした。

「彼女を作るつもりはありません。」
「なぜ?」
「面倒だし、いろいろ経費がムダだからです。」
「貯金はあるんだろう?」
「それなりにあります。」

しばらくの沈黙の時が流れた。
あまり会話のキャッチボールはなかったが、沈黙の時間が長くとも居心地を悪くさせない雰囲気をもった不思議な男だった。

「僕の父親はギャンブルが好きで、そのために家族は苦しい時期を過ごしました、、、、」
「それで?」
「僕は仙台から稼ぐために新宿にやってきました。目的はその部分にあります。だから目的に向かう部分以外は全て切り捨てます。」

再び沈黙の時が流れた。

「前原さんにはわからないかも知れませんが、僕の将来は、おそらく何もありません。でも確実に未来なり将来は現実のものとしてやってきます。そのときのために、僕はいま彼女を作ったり遊んでいる余裕はないんです。」

その夜の彼の言葉ははっきりと覚えている。
なぜならば、自堕落な日々を送り続けている私自身をハッキリ自覚させる一夜だったからである。

ある夜、彼が水筒を持って職場である雀荘に現れたことがある。

「それは何?」
「夜寝ているときジュースが飲みたくなるんです。」
「それで?」
「買うのはムダだから、店のジュースを水筒に詰めて持って帰ることにしたんです。」

ああ、痛い子だな…
私は半ば呆れるような表情とともに半面、尊敬の思いで彼を見つめた。
彼は少しだけ恥ずかしそうに、はにかみながら私に尋ねた。

「僕もよく考えたのですが、間違っているでしょうか?――」

私は即答できなかった。
「あなたが、良く考えたということはそこには恥じらいというものがあなたのなかにあるということなんだろう。恥じらいということは品性だとおもう。品格という言葉に置き換えてもいい。その部分があるならある程度のことは何をしてもいいとおもう。」

いい加減な私は、いい加減な言葉を言った。
私がこの時期ヒサトから学んだものは、勇気とは自分の人生をまっとうしようという姿勢である。

二、三年が過ぎたころ、私は彼に麻雀プロへの道を薦めた。
彼はこたえる代わりに私に尋ねた。

「麻雀プロってなんですか?」
「それは自分の眼で確かめればいい。」

彼は入会するともしないともこたえず、そのかわり、次の月から今年の三月まで私のプロリーグの対局を全て観戦に来ている。
このことは言葉に綴ってしまえば一行で終わることではあるけれど、実際は並大抵のことではないように思える。
少なくともそういう姿勢を形にして実行し続けた人を私は知らない。
それが佐々木寿人という男の生き方なのだろう。

確か出逢ってまもなくして彼に滝沢君を紹介し、滝沢君が荒正義さんを紹介し、また一方で森山さんにも紹介したと記憶している。
結局はそういう人たちの薦めもあり、プロ連盟に入会した。

ただ、最終的に決めたのは彼自身であるが、そういう人たちにかかわりを持つことで彼は間違えなく変容していった。

ヒサトはある意味麻雀界にエキセントリックなデビューをしている。ヒサトの生い立ちや将来の不安を考えればそのデビューの形は当時の等身大の彼だったかも知れないが、ここ数年、私はヒサトが貯金を含め金銭にかかわる話をしたのを聞いたことがない。
それは、ヒサトの心が変わったからだと思う。
心を変えたのは、ヒサトの周りにいる多くの人の心だろうと私は考えている。

入会する前後、一度だけ彼に尋ねられたことがある。

「どういう麻雀を打ったらいいんですか?」
「どういう麻雀と言ったってあなたの打てる麻雀は限られているでしょう。ヘタだしーー。」
「ヘタは余計でしょ?(笑)」
「冗談はともかく、スピードと要らない牌を打ち切る力じゃないかな?」
「はい。」
「そんなことよりも大切なことがある。」
「なんですか?」
「どういう麻雀を打つかというよりもどういうプレーヤーになりたいか、ファンにどういう評価を受けるプレーヤーになりたいかと考え続けて、自分の麻雀スタイルを創り続けることだと思う。プロになれば色んな人があなたに様々なことを言うと思う。それでも最終的には自分の力でフォームとスタイルを創りあげるしかないように思える。」

彼にそういうことを言った記憶があるが、それは私は彼に向かって言ったのではなく、自分自身に向かって言った言葉なのかも知れない。

この二日間、プロ試験が行われた。
たくさんの若い受験生が麻雀プロの門を叩いた。
若い人に限らず私を含め、新しいもの、未知のものにのぞむ時は不安におそわれる。
自分には目の前の壁を突き破り、路を切り開いていけるだろうか。
そうであっても、怖れ、不安、怯えを抱えながら突き進んでいくしかないように思える。

私自身にしてもそうである。
何度も年度も決勝に残りながらもタイトルをとれなかった時期、悩み、おそれるということを知った。

ヒサトが実際入会した年齢は二十九歳である。
おそらく年齢的にはかなり遅いほうだと思う。年齢がネックになるのは、麻雀に対してもそうだが、何に対してもその人が歩んで来た道のりがある以上、そこには自負心が生まれプライドが生じ、頑固になりやすいということである。

頑固が悪いといっている訳ではない。
逆に大切なことだとさえ思える。ただ、その頑固さに素直さ、謙虚な心があるかどうかということである。

ヒサトにしろ滝沢君にしろ、表舞台でかがやく人はどこか違うものを持っている。
二人に共通している部分は、先達が何か言葉を投げかけた時、「でも」とか「だって」という言葉を一度も聞いたことがない。
常に「はい」の一言である。
そしてその先達の言葉を考え続けている。
実行するかどうかはまた別物である。最終的には決めるのは彼ら自身だからである。

米国野球の英雄であるルー・ゲーリッグを讃える言葉に、
“FIGHTER”(闘志ある者)と”MODESTY”(謙虚な精神を持つ者)がある。

佐々木寿人という男を見続けていると、どうしてもこの言葉が浮かんでしまう。
その言葉を私に浮かばせてしまうところに、彼のちからがあるのかもしれない。

間もなくプロ連盟の研修会も始まる。
闘志と謙虚さを持った若い人たちに巡り逢えることを望んでいる今日このごろである。








文責:前原 雄大 (執筆:2007年09月30日)

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