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プロ雀士コラム

光彩のひと

 


――それにしても暑い。夏だから当たり前の話だ。
そういえば20数年前のあの日も、暑い夏の日だった。




1982年、プロ連盟に入って1年が過ぎようとしたあの夏の日、どうゆう具合か、荒正義さんと真昼の歌舞伎町を二人して歩いていた。

実はそれが荒さんと二人だけで時を過す初めてのことだった。
何を聞いていいかわからないほど緊張していたことを今でも覚えている。

荒正義さんが歩きながら突然口を開いた。
「あなたには戻る世界があるならばこの世界(麻雀プロの世界)からできるだけ早く見切りをつけて戻ったほうがいい。」

他にも何か荒さんがしゃべったような記憶があるが、何も覚えていない。
印象に残ったこの言葉だけが今も僕の心の中に残っている。

僕らの時代のころの研修生は、現行のように半年間という単位でなく、数年間におよんだ。
その数年間の間に、百名を越える研修生は荒さんの言葉の通り、戻るべき世界に帰っていった。
それほどこの世界(麻雀プロの世界)は厳しくて未成熟な世界だったのである。

それでも、数年間の研修が明け、初段になった時は、厳しかった分だけ喜びは大きかったように思う。
その後、僕はいくつかのタイトルを獲得しているが、喜びはタイトル獲得した時よりも初段になった時の方が大きかったように思える。

何人か残った研修生も一年も経つと皆戻るべき世界に帰っていった。

そして十数年が過ぎても僕は何になるでもなく同じように麻雀に日々を費やしていた。

そんなある日、ある一人の19歳の少年と卓を囲んだ。
その当時の僕は今よりももう少し麻雀が打てていた。
少なくともトップ目に立ったらそう簡単にトップの座を明け渡すような麻雀は打っていなかった。

ところがその日、ニ連勝スタートで始まったにもかかわらず、僕はその後四回戦すべてトップ目でありながらもことごとくその19歳の少年にその座を明け渡した。

――すごい打ち手になるかも、、、

その少年の麻雀はどこまでも幹が太く、そしてどこまでも透き通っていた。
こんな子が僕らの世界に入ってきたら世界そのものが変わるような予感さえ感じさせる部分を持った打ち手だった。

男の名は滝沢和典、現王位その人である。
その後少年は友人を介して荒正義さんと僕の推薦を受けてプロ連盟に入会した。




光彩のひと



例えば歌の世界であれ、スポーツの世界であれ、一人のアーティストの出現がその後のその世界を変えてしまうように。
100m走であれば、長い間人類が10秒の壁を切ることが出来なかった。
ところが一人の天才が10秒の壁を切ると、その後続々と10秒の壁を切る人間が現れるものである。
例えばビートルズが8ビートを刻み始めると、世の中は同じように8ビートでいっぱいとなる。
そして騒音でしかとらえられていなかった8ビートが、あるアーティストの出現で世の中に8ビートを席巻させるように。

それは進化ということもあるが、一人の天才が光彩という名の新しい価値観を世の中に提供したに他ならない。
少なくとも僕はそう思っている。





新しい価値観



今年の始め頃から、麻雀のカタチでも探そうかということで毎週若手を中心に集まっている。

一ヶ月前のとある日、一戦目の開局である東1局南家(滝沢和典)3巡目に、以下のテンパイが入った。
この日のルールは連盟Aルールを採用している。


 ドラ


ここから打で待取り。


捨牌 


ちなみにツモ牌はである。



テンパイまでは順調にきたが、その後待ち頃の牌が来ず、残りツモ回数3回を余すところまですべて連綿としたツモ切りが続いた。

10巡を過ぎたころ、生牌のをツモ切っている。
本人に確認をとったわけではないので何とも言えないが、おそらく手出しとするのが嫌だったのであろうと思われる。
その理由の一つには、他の打ち手も明らかに南家である滝沢君のテンパイ気配を察知していたからである。
もっと言うならば、例え地獄牌であろうとも滝沢君の現物牌以外は卓上に顔を現わさない状況と記せばわかりやすいかもしれない。
滝沢君の手牌をテンパイを前提にするならば、ここでの手出しは相手にたいしてのキズになることを嫌ったのだろう。
つまりは南家である滝沢君がテンパイであるならば、ここでの手出しとした場合他三者の誰かが必ずを合わせ打ってくる。
そうなった時、滝沢君の手役は七対子に限定され、なおかつ待ち変え打牌となるキズを嫌ったということである。

そして先ほどの残りツモ3回を余したところでのツモ牌はなのである。
滝沢君は少考した後(リーチ)の声を発し、柔らかい指の表情とともに打とし、千点棒を卓上に静かにおいた。
結果は流局である。
フリテン牌である2枚のは王牌の奥深くに眠っていた。

終局すると共に全員がタンパイ(手牌を公開すること)を終わった時、滝沢君の今局における打ち筋に関して否定する声もあがった。

そうかなぁ?と思う。
僕には否定する側の声の理由もわかるし、滝沢君の意図することも理解できる。
つまるところ、僕は麻雀というゲームはこの一手しかないという発想はないのである。
つまりは、人が千人いれば千種類の発想方、価値観があっていいものだと思っている。
この集まりの意図するところもそういう部分であって、色々な麻雀のカタチを皆で探してみようじゃないかという部分もある。

おそらく滝沢君のとった手筋はリーグ戦においてはほとんど人の目にさらされたことはないように思える。
15巡目に滝沢君が考えたことは、まず全員がベタ降りしているのにも関わらず10巡目にツモ切ったを誰も打ち出してこないという点に着目した。
そして残り枚数、王牌を含め24牌、ツモ回数3回、の枚数2枚、そして通常1対3の戦いであるのが麻雀というゲームであるが、この場合は3人が降りてる状況であるがために1対0の条件というすべてを加味して瞬時に立体図の計算をしたのである。

僕が驚いたのは速さである。
ツモってから切るまでのわずかな時間の中で着目し、計算し、判断し、決断する速さなのである。
速さは力なのである。

滝沢君の選んだ方法論が正しいとも悪いとも僕は思っていない。
ただ日頃、滝沢君は酔うと誰に言うでもなく呟いている。

「僕は、僕にしか打てない麻雀を打っていきたいのです。」

少なくとも滝沢君のその思いが伝わってくる単騎と、僕は受け止めている。

ビートルズは大人に、社会に非難され否定された。
それでもビートルズは歌い続け、演じ続けた。
ただそれだけのことである・・・。

語弊がないように記すが、大人や社会はその側の価値観を持っているということであり、それはまた正しいかどうかということとは別なのである。

そしてプロが大切なのは、伝える力なのである。
思考を、想いを伝える力なのである。
いまは昔と違い、まだまだ未成熟ではあるが報われる世界になりつつある。

タッキーはがんばるしかないだろう。もうこの世界しかないんだから、、、
荒さんがそう言っていたのを聞いたことがある。

あとはもう世の中が、ファンがどう受け止めるかだけである。

もう今は誰もビートルズを否定はしない。
世の中がその価値観を認めたということなんだろう。
もう今は答えを出すのは僕らじゃなく、ファンであり、世の中である。
滝沢君をはじめ、若いプロには自分の価値観を連盟の存在価値を大切に考え、ファンと勝負してほしい。

そうすれば、もっといい世界になるだろう。

それにしても、ああ暑い。
















文責:前原 雄大 (執筆:2007年07月27日)

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